小田和正『切ない愛のうたをきかせて』鈴木康博へのメッセージ

1986年12月3日にリリースされた小田和正のファーストソロアルバム『K.ODA』の第1曲目に収められている『切ない愛のうたをきかせて』を紹介します。

オフコースの活動を休止してソロ活動に専念していた1986年、小田さんがアメリカに滞在していたときにレコーディングされた曲です。小田さんの歌声で静かに始まる曲ですが、曲の後半はポップなアレンジに変わります。

アルバムには小田さんの手書きの歌詞カードが挿入されていましたが、本曲については「制作中。今日も、ロスはよく晴れています。’86.10.17(FRi)」とだけ書かれており、唯一この曲だけ歌詞が掲載されていません。『K.ODA』のセッションで最後にレコーディングされた曲で、歌詞カードの制作に歌詞を間に合わせることが出来なかったという、ぎりぎりまで苦しんだ曲です。それもそのはずで「切ない愛のうたをきかせて」と歌っている対象は、学生時代から4年前(1982年)まで音楽活動を共にしてきた鈴木康博だからです。別れてしまった相方に対するメッセージをいざ書こうとしても筆がなかなか進まなかったのでしょう。オフコースのアルバム『over』『I LOVE YOU』『NEXT』で二人は別れの言葉と相手への想いをぶつけ合いました。本曲はその流れにある小田作品と捉えることができます。

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歌詞を追っていきます。

「切ない愛のうたをきかせて
 いつまでも 心のままに…」

ヤスさん(鈴木康博)はオフコースがブレイクした1980年~1981年頃のことを次のように振り返っています。

「『さよなら』が売れた後、小田色がすごく強くなった。僕と小田と松尾とでコンペ(競争)みたいに次のシングルはどの曲にしようかと曲を出し合って決めていくのだけど、だんだん曲を書くときに、(オフコースの)イメージに縛られて曲が書けなくなっちゃったんです」

「心ない人に 傷つけられて
 疲れ果てた君は 心を閉じた
 あれから いくつもの 季節が流れた
 君は歌わない…」

売れない頃のオフコースは自由で、小田・鈴木の関係も完全に1対1でした。『さよなら』のヒット後、レコード会社はオフコースの顔を小田和正にする戦略を立て、ヤスさんのグループでの立ち位置は相対的に低くなっていきます。そしてヤスさんは曲が書けなくなるほど精神的に追い込まれます。小田さんの歌詞の「心ない人」はレコード会社関係の人々を指しているように思います。

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「人は誰でも 捨てきれぬ愛と
 尽きることのない 悩みの中を
 明日を見つめながら 歩いていること
 君は歌った…」

ヤスさんは男女の愛や自らの悩みを時にユーモアのある視点で歌いました。ヤスさんの歌詞には潔さと前向きな気持ちを感じるものが多いです。

「すべてが時代に 流されていても
 同じ道を 走り続けた君は
 ただそこにいるだけで ひとり輝いていた
 僕等は見てた…」

小田さんと同じ道を走り続けたヤスさん。オフコースのステージでは小田さんとは違う輝きがありました。

「君は君のまま 生きてゆけばいい
 信じることを 忘れないで
 切ない愛のうたをきかせて
 あの頃の 君のように…」

小田さんからヤスさんへのストレートなメッセージに心が熱くなります。
あれから30年以上の月日が流れましたが、二人とも70代になっても歌い続けているのは本当に素晴らしいですね。

アルバム『K.ODA』は小田ファンの間では名盤と認識されている、おすすめアルバムです。ぜひ聴いてみてください!

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