ジョン・レノン『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』超攻撃的な問題作

1972年に発売されたジョン・レノンとオノ・ヨーコの共作アルバム『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』を紹介します。原題は『Sometime in New York City』。
スタジオ録音の1枚に、ライヴ録音の1枚がおまけで追加された2枚組アルバムでした。スタジオ録音はジョン、ヨーコ、ジム・ケルトナー(ドラムス)と、エレファンツ・メモリーというバンドの面々による演奏でした。

ジョン・レノンのアルバムの中で最も政治的かつ攻撃的な作品です。ニューヨークを拠点として活動を開始したジョンとヨーコは左翼活動家らと親交を深めますが、ジョンの行動はホワイトハウスの目の上のたんこぶとなり、ジョンの米国滞在ビザ延長申請を却下します。怒ったジョンは当時の政治問題、社会問題を本アルバムにぶつけました。新聞風のアルバムジャケットにはニクソン大統領と毛沢東主席が裸踊りをする写真もある過激さでした。

それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面・C面・D面で紹介します。)

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A-1 女は世界の奴隷か!

原題は『Woman is the Nigger of the World』。ジョンとヨーコの共作で、ヴォーカルはジョンです。日本とアメリカでシングル発売されましたが、アメリカではNiggerが差別用語のため放送禁止曲となっています。サウンドは1950年代風のR&Bで、ジョンは「世界で初めて女性運動について唄った歌」と発言しています。ヨーコと出会ったジョンは自分の中にあった男性優位の意識に気付き、女性に対して謝罪の気持ちを持つようになります。そしてそれはショーンが生まれた後の主夫生活に結びつきます。

A-2 シスターズ・オー・シスターズ

ヨーコの作品で、ヴォーカルもヨーコです。前曲に引き続き、女性解放運動の曲です。ブギウギに乗せて、ヨーコの歌声は可愛らしいです。

A-3 アッティカ・ステート

ジョンとヨーコの共作で、パワフルで攻撃的なヴォーカルを二人で取っています。1971年にニューヨーク州アッティカ刑務所で暴動が起きた際の発砲で43人の死亡者が出た事件を歌った曲で、緊迫感のある演奏になっています。

A-4 ボーン・イン・ア・プリズン

ヨーコの作品です。前曲に引き続き、刑務所がテーマになっています。ゆったりとした曲ですが、「私たちは刑務所で生まれ、刑務所で育てられ、学校という名の刑務所へ送り込まれる」という重いメッセージソングです。ヨーコのヴォーカルに、サビでジョンの声が重なります。

A-5 ニューヨーク・シティ

ジョンの作品で、ヴォーカルもジョンです。ストレートなロックンロールで、本アルバムの中で唯一の爽快感のある作品です。ニューヨークの躍動感とその刺激を受けたジョンの高揚が伝わってくる曲です。

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B-1 血まみれの日曜日

原題は『Sunday Bloody Sunday』。ジョンとヨーコの共作で、1972年1月30日に北アイルランドで市民権行進に参加した非武装市民を英国軍が射殺した「血の日曜日」と呼ばれる事件について歌っています。この事件に怒ったジョンは、北アイルランド紛争問題を全世界に告発するために本曲を書きました。半端ない緊張感が漂う曲でメインヴォーカルはジョンですが、サビはヨーコが歌っています。

B-2 ザ・ラック・オブ・ジ・アイリッシュ

ジョンとヨーコの共作で、この曲もメインヴォーカルはジョン、サビがヨーコの構成です。フォークソング風のやさしいメロディーの曲ですが、歌詞のほうは前曲に引き続きイギリス政府の北アイルランド政策に対する激しい批判となっています。

B-3 ジョン・シンクレア

ジョンの作品で、ジョンがギターの弾き語りで歌う曲です。ジョン・シンクレアとはベトナム戦争の反戦活動家で、マリファナ所持により通常よりも重い懲役10年の実刑を受けた実在の人物です。ジョンはこの曲を1971年12月10日にミシガン州で行なわれたジョン・シンクレア支援コンサートで披露し、その数日後にシンクレアは釈放されています。

B-4 アンジェラ

ジョンとヨーコが共作した美しいメロディーの曲で、二人でヴォーカルを取っています。前曲に引き続き、無実の政治犯を解放せよと呼びかける内容で、黒人の女性活動家アンジェラ・デイビスに対する不当な弾圧を告白した歌です。

B-5 ウィ・アー・オール・ウォーター

アルバム1枚目の最後は2つのものを並べて大した違いはないと歌うヨーコの作品です。その最初が「毛沢東とニクソンは大した違いはない。二人を裸にしてみれば」でジャケット写真につながります。

C-1 冷たい七面鳥(コールド・ターキー)
C-2 京子ちゃん心配しないで(ドント・ウォリー・キョーコ)

おまけの2枚目はライヴアルバムで、C面は1969年12月15日にロンドンで行なわれたユニセフのチャリティーコンサートから2曲です。1曲目はプラスティック・オノ・バンド名義で1969年10月にシングルリリースされたジョンの2枚目のソロシングル『コールド・ターキー』、2曲目はそのB面曲であるヨーコの『ドント・ウォリー・キョーコ』でした。参加メンバーが豪華で、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、クラウス・ブーアマンら多数の有名ミュージシャンが参加しています。

D-1 ウェル(ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー)
D-2 ジャムラグ
D-3 スカンバッグ
D-4 オー

D面は1971年6月5日~6日にニューヨークのフィルモア・イーストで行なわれたフランク・ザッパ&マザース・オブ・インヴェンションとのライヴセッションです。ヨーコの金切り声が鳴り響くアバンギャルドミュージックです。

ジョン・レノン&オノ・ヨーコの『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

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ジョン・レノン『ヌートピア宣言』内省的な落ち着いたアルバム

1973年11月に発売されたジョン・レノンのアルバム『ヌートピア宣言』を紹介します。原題は、John LennonMind Games』。

1973年4月2日、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻は記者会見を開き、前日の4月1日(エイプリルフール)に新国家「ヌートピア」を建国したことを発表しました。

ヌートピアはその国民になることを望む人々によって構成される概念上の国家で、本アルバムにはその国歌樹立宣言が記載されていました。

本アルバムは前作『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』の超攻撃的な姿勢は鳴りを潜め、落ち着いたトーンのアルバムになっています。歌詞も内省的なものが多く、ジョンのアルバムの中では地味な印象のアルバムですが、1曲1曲は佳作が多いです。音楽評論家からは辛辣な批評もあったアルバムですが、ジョンのヴォーカルは力強く、参加ミュージシャンの演奏も素晴らしい、安定感のあるアルバムになっています。

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それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 マインド・ゲームス

本アルバムからの唯一のシングル曲で、私が選ぶジョンの名曲ベスト5に入る曲です。壮大かつ繊細な曲で、ジョンは本曲について次のように発言しています。

「ああ、あれはいいよ。とにかく楽しく作った曲でね。声はステレオで入っているし、オーケストラみたいに聴こえるけど、あれは僕一人がスライドギターを使って三つの音を出しているだけなんだ」

元々は『メイク・ラヴ・ノット・ウォー』という別の歌詞が付けられていた曲で、ジョンはそのことについても発言しています。

「この曲はもともと『メイク・ラヴ・ノット・ウォー』と呼ばれていた。でも、今じゃもう口のできないほどの陳腐な言葉になってしまった。だから僕は同じ意味のメッセージを別の表現で書いたんだ。マインドゲームス、マインドゲリラってね。『イマジン』なんかとも同じだよ」

1970年頃の『メイク・ラヴ・ノット・ウォー』のデモ録音が『ジョン・レノン・アンソロジー』に収録されています。ジョンの発言は続きます。

「これはいい演奏さ。いつ聴いてもこのサウンドはいいな。僕たちが60年代にずっと言い続けてきたこと~ラヴ&ピースをその言葉を使わないで表現しただけのことだ。ラヴ&ピースなんてジョークになっちゃったものね」

A-2 タイト・A$

ファンキーで軽快な曲で、歌詞はスラングが多用されています。ジョンの楽曲の中では駄作の部類に入るかな、が個人的感想です。

A-3 あいすません

日本語のタイトルが付けられた曲で「あいすみません」なのに「あいすません(AISUMASEN)」となっているのが可笑しいです。日本語で「あいすみません、ヨーコ」と歌われるヨーコへのラヴソングです。

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A-4 ワン・デイ

美しいメロディーのバラード曲です。ジョンはファルセットで歌っています。ビートルズ最後のアルバム『アビイロード』に収録されていた『ビコーズ』に似たイメージの曲です。

A-5 ブリング・オン・ザ・ルーシー

リズミカルで爽快な曲で、女性コーラスをバックにジョンは力強く歌っています。「すべての人々を自由にして希望をもたらせ」「殺人を今すぐ止めろ」と歌われるメッセージソングです。

A-6 ヌートピア国際賛歌

原題は『Nutopian International Anthem』。無音状態が6秒間続くだけの前衛音楽?です。その間に想像した好きな歌がヌートピア国歌になるという趣向でした。

B-1 インテューイション

インテューイションは直訳すると「直感」で、ジョンは「直感が希望の地へと運んでくれる。直感は裏切るはずがない」と歌っています。直感で生きてきたジョンらしい曲で、メロディーもキャッチ―です。

B-2 アウト・ザ・ブルー

ヨーコとの出会いを感慨深く振り返り、ヨーコへの感謝を綴った曲です。とても美しいメロディーの曲で、演奏もダイナミックです。本アルバムの中で『マインド・ゲームス』と並ぶ名曲です。

B-3 オンリー・ピープル

「人と話し合えるのは、やっぱり同じ人だけさ」とヒューマニティーの重要性を歌ったメッセージソングです。楽し気なメロディーに乗せて、ジョンは躍動的に歌っています。

B-4 アイ・ノウ

内省的な歌詞の曲で、歌い出しは落ち着いていますが、サビからジョンらしさが爆発します。ヨーコへのひたむきな愛を歌うジョンのラヴソングです。

B-5 ユー・アー・ヒア

「リバプールから東京まで、それは長い道のり」という歌い出しで始まるジョンとヨーコの奇跡の出会いと運命を歌った曲です。トロピカルな雰囲気のあるメロディーに乗せて、ジョンはゆったりとしたヴォーカルを聴かせています。

B-6 ミート・シティ

アルバムの最後はビートルズを彷彿とさせるワイルドなロックンロールで締めくくられます。ジョンはエネルギッシュにシャウトしており、その歌いまわしには余裕が感じられます。シングル『マインド・ゲームス』のB面曲でもありました。

ジョン・レノン『ヌートピア宣言』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

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鈴木康博がももいろクローバーZと共演!小田和正のあの名曲を熱唱!

2019年3月13日にフジテレビNEXTで生放送された「坂崎幸之助のももいろフォーク村」に元オフコースの鈴木康博(ヤスさん)が出演して、ももいろクローバーZや坂崎幸之助と共演しました。

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『一億の夜を越えて』『でももう花はいらない』『のがすなチャンスを』といった代表曲を演奏したヤスさんですが、この日は坂崎幸之助のリクエストに応えて『水曜日の午後』を歌ったのが大変なレア演奏でした。オフコースのファーストアルバムに収められた小田さんの名曲でメインヴォーカルも小田さんでしたが、オフコースのライヴアルバム『秋ゆく街で』ではヤスさんがメインヴォーカルを取っていることを坂崎幸之助が覚えていて、ヤスさんに質問していました。ヤスさんは「私に対する楽曲提供のつもりだったのでしょう」と応じていました。坂崎幸之助は「当時二人は声がそっくりだった。ユニゾンがめっちゃきれいで」と懐かしんでいました。

孫のような「ももクロ」と共演したヤスさん、とても楽しそうでした。

ヤスさん、いつまでも元気にライヴを続けてください!

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【将棋イベント報告】山口恵梨子女流二段、和田あき女流初段ら登場 2019/6/9@盛岡

2019年6月9日(日)に盛岡・岩手教育会館で行なわれた将棋日本シリーズ「東日本大震災復興支援JT応援プロジェクト」に参加してきました。出演棋士は高野秀行六段、金井恒太六段、鈴木環那女流二段、山口恵梨子女流二段、和田あき女流初段でした。内容は「プロ・アマリレー対局」、「次の一手クイズ」、「多面指し(指導対局)」、「出演棋士全員によるトークショー」でした。

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第一部は「プロ・アマリレー対局」です。高野六段チームと鈴木女流二段の対局で、それぞれに大人1名・子供2名が加わった1チーム4名の構成です。事前に選ばれていた方々のようで、アマもかなり強かったです。プロ棋士は9手で交代、アマは3手で交代で、プロ対アマの構図になるように配慮されていました。将棋は相矢倉の脇システムとなり、先手の高野六段チームが猛攻を仕掛け、後手の鈴木女流二段チームが必死に受ける展開となりました。解説の金井六段が思わず「これは並みの指し手ではない」と言うほど矢倉の得意な高野六段の指し手が冴えわたっており、高野六段チームが押し切りました。

第二部は「多面指し(指導対局)」と「次の一手クイズ」が並行して行なわれました。指導対局は抽選でしたが、私は幸運にも対局者に選ばれました。和田あき女流初段に「飛車落ち」で臨み、なんとか勝つことができました。緩めていただいたのでしょうが、和田女流から「お強いですね」と言われ、最高にハッピーです。

並行して行なわれた「次の一手クイズ」はどちらかと言うと過去のJT杯の解説会で、佐藤(康)vs中村(太)、羽生vs豊島が取り上げられていました。

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第三部は出演棋士全員によるトークショーです。山口女流が以前盛岡に佐藤康光会長と来たときに時間がほどんど無い中、盛岡冷麺を御馳走してもらった話をしたところ、高野六段は冷麺→焼肉つながりで、佐藤康光竜王の頃、30人ほどで焼肉屋に行きカルビが無くなってしまったときに「それなら上カルビはありませんか?」と男前な発言をしたエピソードを披露していました。

最後は出演棋士全員と握手して帰りました。とても楽しいイベントでした。ありがとうございました。