ジョン・レノン『ロックンロール』ビートルズの原点が詰まったカバーアルバム

1975年2月に発売されたジョン・レノンのアルバム『ロックンロール』を紹介します。原題は、John LennonRock’n’Roll』。
ジョンが10代の多感な時期に出会った1950年代のロックンロールを気持ち良く歌っているアルバムです。ジャケットは1961年のメジャーデビュー前のビートルズで、若き日のジョンの前を横切る影はポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、スチュアート・サトクリフです。

アルバム制作期はジョンが人生のスランプに陥った時期で、ヨーコと別居し、酒とドラッグに溺れていました。1973年10月にフィル・スペクターをプロデューサーに招いてレコーディングを開始するも、精神的に病んでいたフィル・スペクターがマスターテープを持ち逃げするという事態に見舞われます。その後マスターテープは取り戻したものの使える曲が4曲しかなかったため、ジョンは1974年10月にフィル・スペクター抜きで再レコーディングを行ない1年掛かりで本アルバムを完成させました。

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それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ビー・バップ・ア・ルーラ

ジーン・ヴィンセント&ヒズ・ブルー・キャップスが1956年に発表した曲です。広く知られた、ロカビリーの代表曲です。本曲はポール・マッカートニーが初めて買ったレコードとしても有名で、まさにビートルズの原点となった曲です。ポールもライヴアルバム『公式海賊盤 Unplugged (The Official Bootleg)』でトップに収録しており、ジョンもポールもアルバム1曲目に選んだ、思い入れたっぷりの曲です。

A-2 スタンド・バイ・ミー

ベン・E・キングが1961年に放ったヒット曲で、1986年に同名小説の映画主題歌に使用されたことでオリジナルも日本で大ヒットとなりました。ジョンのアレンジも素晴らしく、シングルリリースしています。ジョンはリバプール時代に本曲を歌い込んでおり、完全に自分のものにしています。ジョンのオリジナル曲と勘違いしている人も多いのではないでしょうか。

A-3 メドレー:リップ・イット・アップ/レディ・テディ

リトル・リチャードが1956年に発表したシングルのA面・B面をメドレーで歌っています。リトル・リチャードはジョンのアイドルで、このシングル盤を擦り切れるほど繰り返し聴いたであろうジョンの姿が目に浮かびます。

A-4 ユー・キャント・キャッチ・ミー

フィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲で、オリジナルはチャック・ベリーが1956年に発表した曲です。ジョンがビートルズ時代に発表した『カム・トゥゲザー』は本曲に酷似しており、チャック・ベリーの楽曲の出版権者モリス・レヴィはジョンを著作権侵害で訴えます。モリス・レヴィは告訴しない条件として自身が出版権を持つ曲をカバーすることをジョンに要求したため、ジョンは本カバーアルバムの制作を行ないました。

A-5 エイント・ザット・ア・シェイム

オリジナルはファッツ・ドミノで1955年のヒット曲です。私が本アルバムで一番好きな曲で、ジョンは最高のパフォーマンスを見せています。ポールも好んで取り上げている曲で、アルバム『バック・イン・ザ・U.S.S.R.(原題:Choba B CCCP)』『ポール・マッカートニー・ライブ!!』に収録されています。

A-6 踊ろよベイビー

原題は『Do You Want To Dance』。ボビー・フリーマンが1958年にヒットさせた曲で、1965年にはビーチ・ボーイズによるカバーがヒットしスタンダードナンバーとして定着しました。ジョンはレゲエ風に仕上げています。

A-7 スウィート・リトル・シックスティーン

チャック・ベリーの代表曲の1つで1958年に発表した曲です。1963年にビーチ・ボーイズが『サーフィン・U.S.A.』のタイトルでリメイク(替え歌)して不動のナンバーとなりました。本アルバムでフィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲です。ビートルズ時代にも取り上げており『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』にラジオでのライヴ音源が収録されています。

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B-1 スリッピン・アンド・スライディン

オリジナルはリトル・リチャードで、ビートルズのカバーでも有名な『ロング・トール・サリー』のB面曲でした。ジョンのパフォーマンスは疾風のようです。

B-2 ペギー・スー

バディ・ホリー・アンド・ザ・クリケッツの1957年のヒット曲です。バディ・ホリーは22歳の若さで亡くなったロックンロール草創期のスターで、ビートルズに決定的な影響を与えたアーティストです。ポール・マッカートニーはバディ・ホリーの版権を所有しており、「3コード、バンド、立って楽器を弾くスタイル、ビートルズはクリケッツの真似から始まった」とビートルズの原点がバディ・ホリー・アンド・ザ・クリケッツであったことを明かしています。

B-3 メドレー:悲しき叫び/センド・ミー・サム・ラヴィン

『悲しき叫び』の原題は『Bring It On Home To Me』で、1962年にサム・クックが発表した曲です。1965年にはビートルズとも仲が良かったアニマルズがカバーしてヒットしています。続く『センド・ミー・サム・ラヴィン』もサム・クックが1963年にヒットさせた曲ですが、オリジナルはリトル・リチャードが1957年に発表したシングル『ルシール』のB面曲でした。

B-4 ボニー・モロニー

ラリー・ウィリアムズが1957年に発表した曲で、本アルバムでフィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲です。ジョンはラリー・ウィリアムズが好きで、『スロー・ダウン』『ディジー・ミス・リジー』『バッド・ボーイ』とビートルズ時代に好んでカバーしていました。

B-5 ヤ・ヤ

オリジナルは1961年にリー・ドーシーが歌ってヒットしたロックンロールナンバーです。ジョンのアルバム『心の壁、愛の橋』では、当時10歳の息子ジュリアン・レノンが叩くマーチングドラムに合わせての本曲の即興演奏が収録されています。

B-6 ジャスト・ビコーズ

オリジナルは1957年のロイド・プライスで、本アルバムでフィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲です。アルバム最後はいかにもフィル・スペクターっぽいエコーが掛かったゆったりとした曲で締めくくられます。

ジョン・レノン『ロックンロール』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

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ジョン・レノン『平和の祈りをこめて』ぶっつけ本番の初ライヴアルバム

1969年12月12日に発売されたジョン・レノン率いるプラスティック・オノ・バンドのライヴアルバム『平和の祈りをこめて』を紹介します。原題は『Live Peace in Toronto 1969』。日本でのリリースは1970年2月5日でした。

1969年9月13日にカナダのトロントで開かれた「ロックンロール・リバイバルショー」に出演したプラスティック・オノ・バンドのライヴアルバムです。プラスティック・オノ・バンドとしての初のステージで、このバンドはジョンとヨーコ以外は常にメンバーが入れ替わりますが、この日は以下の最強の布陣でした。

 ジョン・レノン(ヴォーカル、ギター)
 オノ・ヨーコ(ヴォーカル)
 エリック・クラプトン(ギター)
 クラウス・ブーアマン(ベース)
 アラン・ホワイト(ドラムス)

ジョンがこのコンサートへの出演を決めたのは、なんとコンサート前日でした。当時はまだセミプロだったアラン・ホワイトはジョンからの電話での誘いに半信半疑のまま空港へ向かいましたが、そこにはジョン本人とエリック・クラプトンが待っていたと振り返っています。とにかく出演までの時間が無かったため、リハーサルは飛行機の中で行なわれ、アラン・ホワイトはドラムスのスティックで座席の背もたれを叩いてのリハーサルでした。ジョン自身もステージで「おなじみの曲をやるよ。いっしょに演奏するのは初めてだから」とMCした、ぶっつけ本番のライヴでした。

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それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ブルー・スウェード・シューズ

1956年にカール・パーキンスが発表した曲で、同年にエルビス・プレスリーも歌っていました。メジャーデビュー前のビートルズでジョンのレパートリーとして演奏されていた曲ですが、ビートルズとしてスタジオレコーディングはされませんでした。ジョンらしい勢いのあるヴォーカルで歌っています。

A-2 マネー

バレット・ストロングが1959年にリリースした楽曲のカバーです。ビートルズ2枚目のオリジナルアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』収録曲で、喉を振り絞り熱唱するドスのきいたジョンのヴォーカルは圧倒的であり、破壊的です。ヨーコはジョンの傍らで白い袋に入るパフォーマンスを行なっていました。

A-3 ディジー・ミス・リジー

ラリー・ウィリアムズが1958年にヒットさせたロックンロールをジョンは気持ちよくカバーしています。迫力のあるジョンのシャウティングは最高です。ビートルズ5枚目のオリジナルアルバム『ヘルプ!』(邦題『4人はアイドル』)に収録されていました。後半にヨーコのノイジーな金切り声が入っています。

A-4 ヤー・ブルース

ビートルズの2枚組アルバム『ザ・ビートルズ』(俗称『ホワイトアルバム』)に収録されていたジョンのオリジナル曲です。ミディアムテンポのヘビーなブルースで、ずっしりと重いギターが鳴り響く、ビートルズ後期に書かれたジョンのヘビーなロックンロールです。1968年12月11日にローリングストーンズが主導して撮影されたスタジオライヴ映像作品『ロックンロールサーカス』にジョンは出演し、そこでも本曲を演奏していますが、そのときのリードギターもエリック・クラプトンでした。

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A-5 冷たい七面鳥(コールド・ターキー)

プラスティック・オノ・バンド2枚目のシングル曲ですが、このライヴの時点では未発表曲でした。ジョンは「うまくできるといいけど」と言って歌い始めます。シングルのアレンジとは違い、ヨーコお得意のノイジーな叫びがフューチャーされています。

A-6 平和を我等に

原題は『Give Peace A Chance』。1969年7月に発売されたプラスティック・オノ・バンドのデビューシングルで、ラヴ&ピースを標榜したジョンの代表曲の1つです。本曲のジョンの歌い方はラップの走りと言われています。盟友ポール・マッカートニーが自身のコンサートで何度も取り上げたことがあるジョンの代名詞的な曲で、リンゴ・スターも最近の自身のコンサートでのラストの曲として毎回取り上げています。

B-1 京子ちゃん心配しないで(ドント・ウォリー・キョーコ)

B面はヨーコのステージになります。『冷たい七面鳥(コールド・ターキー)』のB面曲で、ヨーコと前夫との間の子供である京子に向けてヨーコが叫びます。

B-2 ジョン・ジョン(平和の願いを)

ヨーコがジョンの名を叫んで平和を訴えます。バンドはフィードバックやノイジーな音を出し続けます。最後はアンプにギターを立てかけてハウリングを起こしたままメンバーはステージを去りました。ビートルズファンは度肝を抜かれたアバンギャルドミュージックでした。

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ/ザ・プラスティック・オノ・バンドの『平和の祈りをこめて(ライヴ・ピース・イン・トロント1969)』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

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