ジョン・レノン『ロックンロール』ビートルズの原点が詰まったカバーアルバム

1975年2月に発売されたジョン・レノンのアルバム『ロックンロール』を紹介します。原題は、John LennonRock’n’Roll』。
ジョンが10代の多感な時期に出会った1950年代のロックンロールを気持ち良く歌っているアルバムです。ジャケットは1961年のメジャーデビュー前のビートルズで、若き日のジョンの前を横切る影はポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、スチュアート・サトクリフです。

アルバム制作期はジョンが人生のスランプに陥った時期で、ヨーコと別居し、酒とドラッグに溺れていました。1973年10月にフィル・スペクターをプロデューサーに招いてレコーディングを開始するも、精神的に病んでいたフィル・スペクターがマスターテープを持ち逃げするという事態に見舞われます。その後マスターテープは取り戻したものの使える曲が4曲しかなかったため、ジョンは1974年10月にフィル・スペクター抜きで再レコーディングを行ない1年掛かりで本アルバムを完成させました。

スポンサーリンク

それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ビー・バップ・ア・ルーラ

ジーン・ヴィンセント&ヒズ・ブルー・キャップスが1956年に発表した曲です。広く知られた、ロカビリーの代表曲です。本曲はポール・マッカートニーが初めて買ったレコードとしても有名で、まさにビートルズの原点となった曲です。ポールもライヴアルバム『公式海賊盤 Unplugged (The Official Bootleg)』でトップに収録しており、ジョンもポールもアルバム1曲目に選んだ、思い入れたっぷりの曲です。

A-2 スタンド・バイ・ミー

ベン・E・キングが1961年に放ったヒット曲で、1986年に同名小説の映画主題歌に使用されたことでオリジナルも日本で大ヒットとなりました。ジョンのアレンジも素晴らしく、シングルリリースしています。ジョンはリバプール時代に本曲を歌い込んでおり、完全に自分のものにしています。ジョンのオリジナル曲と勘違いしている人も多いのではないでしょうか。

A-3 メドレー:リップ・イット・アップ/レディ・テディ

リトル・リチャードが1956年に発表したシングルのA面・B面をメドレーで歌っています。リトル・リチャードはジョンのアイドルで、このシングル盤を擦り切れるほど繰り返し聴いたであろうジョンの姿が目に浮かびます。

A-4 ユー・キャント・キャッチ・ミー

フィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲で、オリジナルはチャック・ベリーが1956年に発表した曲です。ジョンがビートルズ時代に発表した『カム・トゥゲザー』は本曲に酷似しており、チャック・ベリーの楽曲の出版権者モリス・レヴィはジョンを著作権侵害で訴えます。モリス・レヴィは告訴しない条件として自身が出版権を持つ曲をカバーすることをジョンに要求したため、ジョンは本カバーアルバムの制作を行ないました。

A-5 エイント・ザット・ア・シェイム

オリジナルはファッツ・ドミノで1955年のヒット曲です。私が本アルバムで一番好きな曲で、ジョンは最高のパフォーマンスを見せています。ポールも好んで取り上げている曲で、アルバム『バック・イン・ザ・U.S.S.R.(原題:Choba B CCCP)』『ポール・マッカートニー・ライブ!!』に収録されています。

A-6 踊ろよベイビー

原題は『Do You Want To Dance』。ボビー・フリーマンが1958年にヒットさせた曲で、1965年にはビーチ・ボーイズによるカバーがヒットしスタンダードナンバーとして定着しました。ジョンはレゲエ風に仕上げています。

A-7 スウィート・リトル・シックスティーン

チャック・ベリーの代表曲の1つで1958年に発表した曲です。1963年にビーチ・ボーイズが『サーフィン・U.S.A.』のタイトルでリメイク(替え歌)して不動のナンバーとなりました。本アルバムでフィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲です。ビートルズ時代にも取り上げており『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』にラジオでのライヴ音源が収録されています。

スポンサーリンク

B-1 スリッピン・アンド・スライディン

オリジナルはリトル・リチャードで、ビートルズのカバーでも有名な『ロング・トール・サリー』のB面曲でした。ジョンのパフォーマンスは疾風のようです。

B-2 ペギー・スー

バディ・ホリー・アンド・ザ・クリケッツの1957年のヒット曲です。バディ・ホリーは22歳の若さで亡くなったロックンロール草創期のスターで、ビートルズに決定的な影響を与えたアーティストです。ポール・マッカートニーはバディ・ホリーの版権を所有しており、「3コード、バンド、立って楽器を弾くスタイル、ビートルズはクリケッツの真似から始まった」とビートルズの原点がバディ・ホリー・アンド・ザ・クリケッツであったことを明かしています。

B-3 メドレー:悲しき叫び/センド・ミー・サム・ラヴィン

『悲しき叫び』の原題は『Bring It On Home To Me』で、1962年にサム・クックが発表した曲です。1965年にはビートルズとも仲が良かったアニマルズがカバーしてヒットしています。続く『センド・ミー・サム・ラヴィン』もサム・クックが1963年にヒットさせた曲ですが、オリジナルはリトル・リチャードが1957年に発表したシングル『ルシール』のB面曲でした。

B-4 ボニー・モロニー

ラリー・ウィリアムズが1957年に発表した曲で、本アルバムでフィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲です。ジョンはラリー・ウィリアムズが好きで、『スロー・ダウン』『ディジー・ミス・リジー』『バッド・ボーイ』とビートルズ時代に好んでカバーしていました。

B-5 ヤ・ヤ

オリジナルは1961年にリー・ドーシーが歌ってヒットしたロックンロールナンバーです。ジョンのアルバム『心の壁、愛の橋』では、当時10歳の息子ジュリアン・レノンが叩くマーチングドラムに合わせての本曲の即興演奏が収録されています。

B-6 ジャスト・ビコーズ

オリジナルは1957年のロイド・プライスで、本アルバムでフィル・スペクターがプロデュースした4曲のうちの1曲です。アルバム最後はいかにもフィル・スペクターっぽいエコーが掛かったゆったりとした曲で締めくくられます。

ジョン・レノン『ロックンロール』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

スポンサーリンク

ジョン・レノン『平和の祈りをこめて』ぶっつけ本番の初ライヴアルバム

1969年12月12日に発売されたジョン・レノン率いるプラスティック・オノ・バンドのライヴアルバム『平和の祈りをこめて』を紹介します。原題は『Live Peace in Toronto 1969』。日本でのリリースは1970年2月5日でした。

1969年9月13日にカナダのトロントで開かれた「ロックンロール・リバイバルショー」に出演したプラスティック・オノ・バンドのライヴアルバムです。プラスティック・オノ・バンドとしての初のステージで、このバンドはジョンとヨーコ以外は常にメンバーが入れ替わりますが、この日は以下の最強の布陣でした。

 ジョン・レノン(ヴォーカル、ギター)
 オノ・ヨーコ(ヴォーカル)
 エリック・クラプトン(ギター)
 クラウス・ブーアマン(ベース)
 アラン・ホワイト(ドラムス)

ジョンがこのコンサートへの出演を決めたのは、なんとコンサート前日でした。当時はまだセミプロだったアラン・ホワイトはジョンからの電話での誘いに半信半疑のまま空港へ向かいましたが、そこにはジョン本人とエリック・クラプトンが待っていたと振り返っています。とにかく出演までの時間が無かったため、リハーサルは飛行機の中で行なわれ、アラン・ホワイトはドラムスのスティックで座席の背もたれを叩いてのリハーサルでした。ジョン自身もステージで「おなじみの曲をやるよ。いっしょに演奏するのは初めてだから」とMCした、ぶっつけ本番のライヴでした。

スポンサーリンク

それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ブルー・スウェード・シューズ

1956年にカール・パーキンスが発表した曲で、同年にエルビス・プレスリーも歌っていました。メジャーデビュー前のビートルズでジョンのレパートリーとして演奏されていた曲ですが、ビートルズとしてスタジオレコーディングはされませんでした。ジョンらしい勢いのあるヴォーカルで歌っています。

A-2 マネー

バレット・ストロングが1959年にリリースした楽曲のカバーです。ビートルズ2枚目のオリジナルアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』収録曲で、喉を振り絞り熱唱するドスのきいたジョンのヴォーカルは圧倒的であり、破壊的です。ヨーコはジョンの傍らで白い袋に入るパフォーマンスを行なっていました。

A-3 ディジー・ミス・リジー

ラリー・ウィリアムズが1958年にヒットさせたロックンロールをジョンは気持ちよくカバーしています。迫力のあるジョンのシャウティングは最高です。ビートルズ5枚目のオリジナルアルバム『ヘルプ!』(邦題『4人はアイドル』)に収録されていました。後半にヨーコのノイジーな金切り声が入っています。

A-4 ヤー・ブルース

ビートルズの2枚組アルバム『ザ・ビートルズ』(俗称『ホワイトアルバム』)に収録されていたジョンのオリジナル曲です。ミディアムテンポのヘビーなブルースで、ずっしりと重いギターが鳴り響く、ビートルズ後期に書かれたジョンのヘビーなロックンロールです。1968年12月11日にローリングストーンズが主導して撮影されたスタジオライヴ映像作品『ロックンロールサーカス』にジョンは出演し、そこでも本曲を演奏していますが、そのときのリードギターもエリック・クラプトンでした。

スポンサーリンク

A-5 冷たい七面鳥(コールド・ターキー)

プラスティック・オノ・バンド2枚目のシングル曲ですが、このライヴの時点では未発表曲でした。ジョンは「うまくできるといいけど」と言って歌い始めます。シングルのアレンジとは違い、ヨーコお得意のノイジーな叫びがフューチャーされています。

A-6 平和を我等に

原題は『Give Peace A Chance』。1969年7月に発売されたプラスティック・オノ・バンドのデビューシングルで、ラヴ&ピースを標榜したジョンの代表曲の1つです。本曲のジョンの歌い方はラップの走りと言われています。盟友ポール・マッカートニーが自身のコンサートで何度も取り上げたことがあるジョンの代名詞的な曲で、リンゴ・スターも最近の自身のコンサートでのラストの曲として毎回取り上げています。

B-1 京子ちゃん心配しないで(ドント・ウォリー・キョーコ)

B面はヨーコのステージになります。『冷たい七面鳥(コールド・ターキー)』のB面曲で、ヨーコと前夫との間の子供である京子に向けてヨーコが叫びます。

B-2 ジョン・ジョン(平和の願いを)

ヨーコがジョンの名を叫んで平和を訴えます。バンドはフィードバックやノイジーな音を出し続けます。最後はアンプにギターを立てかけてハウリングを起こしたままメンバーはステージを去りました。ビートルズファンは度肝を抜かれたアバンギャルドミュージックでした。

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ/ザ・プラスティック・オノ・バンドの『平和の祈りをこめて(ライヴ・ピース・イン・トロント1969)』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

スポンサーリンク

ジョン・レノン『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』超攻撃的な問題作

1972年に発売されたジョン・レノンとオノ・ヨーコの共作アルバム『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』を紹介します。原題は『Sometime in New York City』。
スタジオ録音の1枚に、ライヴ録音の1枚がおまけで追加された2枚組アルバムでした。スタジオ録音はジョン、ヨーコ、ジム・ケルトナー(ドラムス)と、エレファンツ・メモリーというバンドの面々による演奏でした。

ジョン・レノンのアルバムの中で最も政治的かつ攻撃的な作品です。ニューヨークを拠点として活動を開始したジョンとヨーコは左翼活動家らと親交を深めますが、ジョンの行動はホワイトハウスの目の上のたんこぶとなり、ジョンの米国滞在ビザ延長申請を却下します。怒ったジョンは当時の政治問題、社会問題を本アルバムにぶつけました。新聞風のアルバムジャケットにはニクソン大統領と毛沢東主席が裸踊りをする写真もある過激さでした。

それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面・C面・D面で紹介します。)

スポンサーリンク

A-1 女は世界の奴隷か!

原題は『Woman is the Nigger of the World』。ジョンとヨーコの共作で、ヴォーカルはジョンです。日本とアメリカでシングル発売されましたが、アメリカではNiggerが差別用語のため放送禁止曲となっています。サウンドは1950年代風のR&Bで、ジョンは「世界で初めて女性運動について唄った歌」と発言しています。ヨーコと出会ったジョンは自分の中にあった男性優位の意識に気付き、女性に対して謝罪の気持ちを持つようになります。そしてそれはショーンが生まれた後の主夫生活に結びつきます。

A-2 シスターズ・オー・シスターズ

ヨーコの作品で、ヴォーカルもヨーコです。前曲に引き続き、女性解放運動の曲です。ブギウギに乗せて、ヨーコの歌声は可愛らしいです。

A-3 アッティカ・ステート

ジョンとヨーコの共作で、パワフルで攻撃的なヴォーカルを二人で取っています。1971年にニューヨーク州アッティカ刑務所で暴動が起きた際の発砲で43人の死亡者が出た事件を歌った曲で、緊迫感のある演奏になっています。

A-4 ボーン・イン・ア・プリズン

ヨーコの作品です。前曲に引き続き、刑務所がテーマになっています。ゆったりとした曲ですが、「私たちは刑務所で生まれ、刑務所で育てられ、学校という名の刑務所へ送り込まれる」という重いメッセージソングです。ヨーコのヴォーカルに、サビでジョンの声が重なります。

A-5 ニューヨーク・シティ

ジョンの作品で、ヴォーカルもジョンです。ストレートなロックンロールで、本アルバムの中で唯一の爽快感のある作品です。ニューヨークの躍動感とその刺激を受けたジョンの高揚が伝わってくる曲です。

スポンサーリンク

B-1 血まみれの日曜日

原題は『Sunday Bloody Sunday』。ジョンとヨーコの共作で、1972年1月30日に北アイルランドで市民権行進に参加した非武装市民を英国軍が射殺した「血の日曜日」と呼ばれる事件について歌っています。この事件に怒ったジョンは、北アイルランド紛争問題を全世界に告発するために本曲を書きました。半端ない緊張感が漂う曲でメインヴォーカルはジョンですが、サビはヨーコが歌っています。

B-2 ザ・ラック・オブ・ジ・アイリッシュ

ジョンとヨーコの共作で、この曲もメインヴォーカルはジョン、サビがヨーコの構成です。フォークソング風のやさしいメロディーの曲ですが、歌詞のほうは前曲に引き続きイギリス政府の北アイルランド政策に対する激しい批判となっています。

B-3 ジョン・シンクレア

ジョンの作品で、ジョンがギターの弾き語りで歌う曲です。ジョン・シンクレアとはベトナム戦争の反戦活動家で、マリファナ所持により通常よりも重い懲役10年の実刑を受けた実在の人物です。ジョンはこの曲を1971年12月10日にミシガン州で行なわれたジョン・シンクレア支援コンサートで披露し、その数日後にシンクレアは釈放されています。

B-4 アンジェラ

ジョンとヨーコが共作した美しいメロディーの曲で、二人でヴォーカルを取っています。前曲に引き続き、無実の政治犯を解放せよと呼びかける内容で、黒人の女性活動家アンジェラ・デイビスに対する不当な弾圧を告白した歌です。

B-5 ウィ・アー・オール・ウォーター

アルバム1枚目の最後は2つのものを並べて大した違いはないと歌うヨーコの作品です。その最初が「毛沢東とニクソンは大した違いはない。二人を裸にしてみれば」でジャケット写真につながります。

C-1 冷たい七面鳥(コールド・ターキー)
C-2 京子ちゃん心配しないで(ドント・ウォリー・キョーコ)

おまけの2枚目はライヴアルバムで、C面は1969年12月15日にロンドンで行なわれたユニセフのチャリティーコンサートから2曲です。1曲目はプラスティック・オノ・バンド名義で1969年10月にシングルリリースされたジョンの2枚目のソロシングル『コールド・ターキー』、2曲目はそのB面曲であるヨーコの『ドント・ウォリー・キョーコ』でした。参加メンバーが豪華で、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、クラウス・ブーアマンら多数の有名ミュージシャンが参加しています。

D-1 ウェル(ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー)
D-2 ジャムラグ
D-3 スカンバッグ
D-4 オー

D面は1971年6月5日~6日にニューヨークのフィルモア・イーストで行なわれたフランク・ザッパ&マザース・オブ・インヴェンションとのライヴセッションです。ヨーコの金切り声が鳴り響くアバンギャルドミュージックです。

ジョン・レノン&オノ・ヨーコの『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

スポンサーリンク

ジョン・レノン『ヌートピア宣言』内省的な落ち着いたアルバム

1973年11月に発売されたジョン・レノンのアルバム『ヌートピア宣言』を紹介します。原題は、John LennonMind Games』。

1973年4月2日、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻は記者会見を開き、前日の4月1日(エイプリルフール)に新国家「ヌートピア」を建国したことを発表しました。

ヌートピアはその国民になることを望む人々によって構成される概念上の国家で、本アルバムにはその国歌樹立宣言が記載されていました。

本アルバムは前作『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』の超攻撃的な姿勢は鳴りを潜め、落ち着いたトーンのアルバムになっています。歌詞も内省的なものが多く、ジョンのアルバムの中では地味な印象のアルバムですが、1曲1曲は佳作が多いです。音楽評論家からは辛辣な批評もあったアルバムですが、ジョンのヴォーカルは力強く、参加ミュージシャンの演奏も素晴らしい、安定感のあるアルバムになっています。

スポンサーリンク

それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 マインド・ゲームス

本アルバムからの唯一のシングル曲で、私が選ぶジョンの名曲ベスト5に入る曲です。壮大かつ繊細な曲で、ジョンは本曲について次のように発言しています。

「ああ、あれはいいよ。とにかく楽しく作った曲でね。声はステレオで入っているし、オーケストラみたいに聴こえるけど、あれは僕一人がスライドギターを使って三つの音を出しているだけなんだ」

元々は『メイク・ラヴ・ノット・ウォー』という別の歌詞が付けられていた曲で、ジョンはそのことについても発言しています。

「この曲はもともと『メイク・ラヴ・ノット・ウォー』と呼ばれていた。でも、今じゃもう口のできないほどの陳腐な言葉になってしまった。だから僕は同じ意味のメッセージを別の表現で書いたんだ。マインドゲームス、マインドゲリラってね。『イマジン』なんかとも同じだよ」

1970年頃の『メイク・ラヴ・ノット・ウォー』のデモ録音が『ジョン・レノン・アンソロジー』に収録されています。ジョンの発言は続きます。

「これはいい演奏さ。いつ聴いてもこのサウンドはいいな。僕たちが60年代にずっと言い続けてきたこと~ラヴ&ピースをその言葉を使わないで表現しただけのことだ。ラヴ&ピースなんてジョークになっちゃったものね」

A-2 タイト・A$

ファンキーで軽快な曲で、歌詞はスラングが多用されています。ジョンの楽曲の中では駄作の部類に入るかな、が個人的感想です。

A-3 あいすません

日本語のタイトルが付けられた曲で「あいすみません」なのに「あいすません(AISUMASEN)」となっているのが可笑しいです。日本語で「あいすみません、ヨーコ」と歌われるヨーコへのラヴソングです。

A-4 ワン・デイ

美しいメロディーのバラード曲です。ジョンはファルセットで歌っています。ビートルズ最後のアルバム『アビイロード』に収録されていた『ビコーズ』に似たイメージの曲です。

A-5 ブリング・オン・ザ・ルーシー

リズミカルで爽快な曲で、女性コーラスをバックにジョンは力強く歌っています。「すべての人々を自由にして希望をもたらせ」「殺人を今すぐ止めろ」と歌われるメッセージソングです。

A-6 ヌートピア国際賛歌

原題は『Nutopian International Anthem』。無音状態が6秒間続くだけの前衛音楽?です。その間に想像した好きな歌がヌートピア国歌になるという趣向でした。

B-1 インテューイション

インテューイションは直訳すると「直感」で、ジョンは「直感が希望の地へと運んでくれる。直感は裏切るはずがない」と歌っています。直感で生きてきたジョンらしい曲で、メロディーもキャッチ―です。

B-2 アウト・ザ・ブルー

ヨーコとの出会いを感慨深く振り返り、ヨーコへの感謝を綴った曲です。とても美しいメロディーの曲で、演奏もダイナミックです。本アルバムの中で『マインド・ゲームス』と並ぶ名曲です。

B-3 オンリー・ピープル

「人と話し合えるのは、やっぱり同じ人だけさ」とヒューマニティーの重要性を歌ったメッセージソングです。楽し気なメロディーに乗せて、ジョンは躍動的に歌っています。

B-4 アイ・ノウ

内省的な歌詞の曲で、歌い出しは落ち着いていますが、サビからジョンらしさが爆発します。ヨーコへのひたむきな愛を歌うジョンのラヴソングです。

B-5 ユー・アー・ヒア

「リバプールから東京まで、それは長い道のり」という歌い出しで始まるジョンとヨーコの奇跡の出会いと運命を歌った曲です。トロピカルな雰囲気のあるメロディーに乗せて、ジョンはゆったりとしたヴォーカルを聴かせています。

B-6 ミート・シティ

アルバムの最後はビートルズを彷彿とさせるワイルドなロックンロールで締めくくられます。ジョンはエネルギッシュにシャウトしており、その歌いまわしには余裕が感じられます。シングル『マインド・ゲームス』のB面曲でもありました。

ジョン・レノン『ヌートピア宣言』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

『ポール・マッカートニー』ビートルズ解散の混乱の中で作ったファーストソロアルバム

1970年に発売されたポール・マッカートニー初のソロアルバム『ポール・マッカートニー』を紹介します。原題は、Paul McCartneyMcCartney』。

1969年9月30日、ビートルズの4人はレコード会社との契約書にサインするために顔を合わせました。その席上でジョン・レノンがビートルズ脱退の意思を突如、明らかにします。そしてビートルズは事実上、解散となりました。ビートルズ解散という事態に直面したポールは精神的に打ちのめされ、スコットランドの自宅農場に引きこもります。その後、妻リンダのおかげで回復したポールは本アルバムの制作に取り掛かりました。

アルバムを完成させたポールはその発売をめぐりマネージメント側と対立します。ビートルズのマネージメント担当であったアラン・クレインはアルバム『レット・イット・ビー』を優先させるため、ポールのアルバム発売を遅らせようとしました。しかしポールは1970年4月10日にビートルズ脱退を表明、本アルバムは4月17日にイギリスで、4月20日にアメリカで発売されました。(アルバム『レット・イット・ビー』はその後の1970年5月8日にイギリスで、5月18日にアメリカで発売されました。)

ソロアルバム発売と合わせてビートルズ脱退宣言を行なったポールについて、ジョンは「ポールはNo.1のPRマンだ」と痛烈に皮肉りました。実際、本アルバムはアメリカで3週連続1位を獲得する大ヒットとなります。この出来事を境にしてジョンとポールは数年間、険悪になります。

本アルバムは全ての楽器をポール一人が演奏するワンマンレコーディングになっています。ポール以外に参加しているのは妻のリンダ・マッカートニーだけです。本アルバムは「粗さ」や「いい加減さ」が目立つアルバムですが、それはビートルズで『アビイロード』という完璧なアルバムを制作した直後の反動でしょう。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ラヴリー・リンダ

アコースティックギターに乗せてリンダへ向け愛を歌う小作品です。ポールがリンダとの結婚後、最初に作った曲です。ポールが「自宅で録音した最初の曲。リンダが居間から庭へ歩いていく音が聞こえるだろ」というように、機材のテストを兼ねてレコーディングされています。パーカッションの代わりに本を叩いています。

A-2 きっと何かが待っている

原題は『That Would Be Something』。ロカビリータッチの曲調で、ポールのけだるいヴォーカルはエルヴィス・プレスリーを想起させます。

A-3 バレンタイン・デイ

短いインストルメンタル曲です。エレキギターとアコースティックギターだけで構成されており、中途半端な出来の曲です。機材のテストを兼ねて録音された曲と言われています。

A-4 エヴリナイト

翳りのあるアコースティックギターの小作品です。ライヴアルバム『公式海賊盤 Unplugged (The Official Bootleg)』『バック・イン・ザ・U.S.』にも収録されています。

A-5 燃ゆる太陽の如く

原題は『Hot As Sun』。ポールが10代の時に作った曲で、南国を思わせる陽気なインストルメンタル曲です。

A-6 グラシズ

わずか30秒足らずの即興演奏のお遊びです。CD化の際に前曲『燃ゆる太陽の如く』とメドレー扱いになり1曲に統合されました。

A-7 ジャンク

マイナー調のアコースティックバラードで、ポールらしいメロディーラインの名曲です。1968年に作られた曲で『ホワイトアルバム』のデモテイクで録音されており、その音源は『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』に収録されています。ライヴアルバム『公式海賊盤 Unplugged (The Official Bootleg)』にも収録されています。

A-8 男はとっても寂しいもの

原題は『Man We Was Lonely』。リンダがハーモニーで加わっており、ポールは「僕らの初めてのデュエットナンバー」と発言しています。ビートルズ解散の真っただ中にいたポールの偽らざる心境を歌っているとして大きな話題になった曲です。

B-1 ウー・ユー

単調なギターのリフに乗って展開されるブルージーな曲です。最初のレコーディングではインストルメンタル曲でしたが、後で歌をつけています。

B-2 ママ・ミス・アメリカ

ポール得意の、別々の2曲をくっつけてメドレー仕立ての1曲にしたインストルメンタル作品です。ピアノ、ドラムス、ギターのまとまりのある演奏になっています。

B-3 テディ・ボーイ

元々はビートルズの楽曲として作れらたフォーク調の曲です。ゲットバックセッションで演奏されており、その音源は『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』に収録されています。テッドという少年の物語にポール自身が重なります。

B-4 シンガロング・ジャンク

A面の『ジャンク』のインストルメンタル編です。哀愁漂う美しいメロディーをアコースティックギターとピアノが奏でます。

B-5 恋することのもどかしさ

原題は『Maybe I’m Amazed』。リンダへ捧げられた、ポールの名曲中の名曲で、私の大大大好きな曲です。ポールは「アルバムで一番成功した曲。シングルカットすべきだった」と発言しています。その後、1976年リリースのライヴアルバム『ウイングス U.S.A.ライヴ(Wings Over America)』に収録され、このときのアレンジと演奏が素晴らしく、ウイングス15枚目のシングルとしてシングルカットされました。このときの邦題は『ハートのささやき』で、1つの楽曲に2つの邦題が与えられた曲です。

B-6 クリーン・アクロア

ブラジルのインディオに捧げられたインストルメンタル曲です。パーカッションをメインとする実験的な曲で、リンダが呼吸音を担当しています。

『ポール・マッカートニー』を聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

リンゴ・スター『カントリー・アルバム』カントリー&ウェスタンのみのアルバム!

1970年に発売された元ビートルズ、リンゴ・スターのソロアルバム『カントリー・アルバム』を紹介します。原題は、Ringo StarrBeaucoups of Blues』。

ビートルズ時代からリンゴのカントリー&ウェスタン好きは有名でした。ビートルズのカントリータッチの曲は大体リンゴがヴォーカルを取っています。

 『ハニー・ドント』(カール・パーキンス作)
 『アクト・ナチュラリー』(バック・オーウェンス作)
 『消えた恋』(リンゴが初めて作詞に加わった曲)
 『ドント・パス・ミー・バイ』(リンゴが初めて作詞作曲した曲)

これらの曲はリンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドのステージでも取り上げられており、リンゴのカントリー好きが伝わってきます。

本アルバムのプロデューサーを務めたのはカントリー界の大御所であるピート・ドレイクです。リンゴとドレイクはジョージ・ハリスンのアルバム『オール・シングス・マスト・パス』のセッションで知り合いました。ドレイクはリンゴに全曲カントリー&ウェスタンのアルバム制作を持ち掛けます。カントリー好きのリンゴは躊躇せずにこの企画に乗りました。
カントリー音楽の中心であるナッシュビルにリンゴは飛びます。そして1970年6月30日と7月1日のわずか2日間でリンゴはヴォーカルを入れています。アルバム全曲がリンゴのために用意された曲で、なんと100曲ほどがドレイクが所有する音楽出版社の作曲家たちから寄せられていたそうです。本アルバムではリンゴはドラムスを演奏しておらず、ヴォーカルに徹しています。

本アルバムについて「リンゴ好きだが、このアルバムはスルーしてた」「のどかな曲ばかりだとキツイ」といった意見をネットで見ましたが、私は大好きなアルバムです。クセが無いのでバックグラウンドミュージックに最適です。でも、刺激が欲しい人には物足りなさがあるのでしょうね。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ボークー・オブ・ブルース

シンガーソングライターのバズ・ラビンが作ったワルツです。リンゴの歌声はのどかです。リンゴ初のソロシングルとして、アメリカでは1970年10月5日に、日本では1970年12月21日に発売されています、

A-2 ラヴ・ドント・ラスト・ロング

ギタリストのスタジオミュージシャンであるチャック・ハワードが作った曲です。優しいメロディーですが、歌われている内容は怖いです。

A-3 ファーステスト・グロウイング・ハートエイク・イン・ザ・ウェスト

シンガーソングライターのラリー・キングストンがフレッド・ダイカスと共作した曲です。リンゴはのびのびと歌っています。

A-4 ウィズアウト・ハー

シンガーソングライターでギタリストのソレルズ・ピッカードが作った曲です。フォークソング調の曲をリンゴは丁寧に歌っています。

A-5 ウーマン・オブ・ザ・ナイト

前曲に続き、本曲もソレルズ・ピッカードの作品です。本アルバムの中では一番ポップなメロディーの曲です。はつらつとしたリンゴの歌声が気持ちいいです。

A-6 アイド・ビー・トーキング・オール・ザ・タイム

チャック・ハワードとラリー・キングストンの共作曲で、典型的なカントリーソングです。曲の最後では珍しいリンゴの裏声が聴けます。

B-1 フィフティーン・ダラー・ドゥロウ

ソレルズ・ピッカードが作った曲です。歌詞はバンドで成功を夢見る男の物語です。曲の後半でリンゴのスキャットを聴くことができる曲です。

B-2 ワイン・ウイメン・アンド・ラウド・ハッピー・ソング

ラリー・キングストンが単独で作った曲で、1968年に曲は完成していました。発表の場が無かった曲をリンゴが取り上げた形になっています。

B-3 アイ・ウドゥント・ハヴ・ユー・エニイ・アザー・ウェイ

チャック・ハワードが作ったラヴソングです。リンゴは女性ヴォーカルと甘くデュエットしています。

B-4 ルーザーズ・ラウンジ

ジャズ・オルガンのプレイヤーで作曲家のボビー・ピアスが作った軽快なテンポの曲です。リンゴも軽快に歌っています。

B-5 ウェイティング

チャック・ハワードが作ったバラード曲です。リンゴはとてもムーディーに歌っています。

B-6 サイレント・ホームカミング

ソレルズ・ピッカードが作った曲で、息子が戦争から無言の帰宅となったことを嘆き悲しむ母親の歌です。カントリーロックと呼ぶのが相応しい佳曲でアルバムが締めくくられます。

リンゴ・スター『カントリー・アルバム』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

リンゴ・スター『バッド・ボーイ』コミカルでお洒落なアルバム

1978年に発売された元ビートルズ、リンゴ・スターのソロアルバム『バッド・ボーイ』を紹介します。原題は、Ringo StarrBad Boy』。

ヴィニ・ポンシアをプロデューサーに招いて制作したアルバムです。ヴィニ・ポンシアとリンゴは曲作りの名コンビで、リンゴの過去のアルバムでも多くの曲を共作してきました。

『リンゴ』
 オー・マイ・マイ
 デヴィル・ウーマン

『グッドナイト・ウィーン』
 ウー・ウィー
 オール・バイ・マイセルフ

『リンゴズ・ロートグラビア』
 クライン
 レディ・ゲイ

『ウィングズ~リンゴIV』
 ウィングズ
 ゲイブ・イット・オール・アップ
 アウト・オン・ザ・ストリーツ
 イッツ・ノー・シークレット
 ジプシーズ・イン・フライト
 シンプル・ラヴ・ソング

前作『ウィングズ~リンゴIV』では10曲中6曲がリンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲でした。ビートルズのレノン=マッカートニーのようですね。

本アルバムが志向しているのはAORで、大人向けのお洒落なアルバムになっていますが、リンゴらしいコミカルな曲もあります。アルバムの解説には、クレジットされていないが契約の関係で名前を出せない大物が参加していると記載されていました。それはドクター・ジョンで、第1期リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドにも参加しています。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 フー・ニーズ・ア・ハート

リンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲です。軽快なポップスでアルバムがスタートします。シングルヒットしそうな佳作で、リンゴのヴォーカルも軽やかです。

A-2 バッド・ボーイ

アルバムタイトル曲は「バーッドボイヨイヨイヨイヨイヨイヨイヨイ…」と歌われる、コミカルなおもしろい曲です。リル・アームストロングとエーヴォン・ロングの共作で、オリジナルは1957年のジャイヴ・ボンバーズのヒット曲です。

A-3 口紅のあと

原題は『Lipstick Traces』。本アルバムからの先行シングル曲でした。作者はナオミ・ネヴィルで、1962年にベニー・スペルマン、1965年にオージェイズがヒットさせています。アレンジと女性コーラスがゴージャスな仕上がりになっています。

A-4 ハート・オン・マイ・スリーヴ

スコットランド出身のデュオグループ、ギャラガー&ライル(べニー・ギャラガー、グラハム・ライル)の作品です。彼らは1970年に結成されたロックバンド、マクギネス・フリントのオリジナルメンバーで、さらにその前はアップルレコードのスタッフライターでした。心が温まるようなメロディーの、私の大好きな曲です。リンゴのヴォーカルも優しく、心が穏やかになる曲です。シングル『素敵なトゥナイト』のB面曲でもありました。

A-5 愛はどこへ行ったの

原題は『Where Did Our Love Go』。1964年にアメリカの黒人女性ヴォーカルグループのシュープリームス(最近の表記はスプリームス)が大ヒットさせた曲です。シュープリームスのオリジナルメンバーの1人はダイアナ・ロスです。作者はモータウンの専属ソングライターチームであったエディ・ホーランド・ジュニア、ブライアン・ホーランド、ラモント・ドジャーの3人でした。ノリのよい有名曲を女性コーラスを従えてリンゴは楽し気に歌っています。そして、リンゴのヘタウマ感が妙にマッチしています(笑)。

リンゴとシュープリームスの組み合わせは意外な感じも受けますが、初期のビートルズを振り返ると黒人女性ヴォーカルグループの楽曲を好んでカバーしていました。
 チェインズ(クッキーズ)
 ボーイズ(シュレルズ)
 ベイビー・イッツ・ユー(シュレルズ)
 プリーズ・ミスター・ポストマン(マーヴェレッツ)
 デヴィル・イン・ハー・ハート(ザ・ドネイズ)

B-1 ハード・タイムス

1970年代に活躍したイギリスのシンガーソングライター、ピーター・スケラーンが作った曲です。ファンキータッチのロックナンバーで、本アルバムでは一番ロックしている曲です。

B-2 素敵なトゥナイト

原題は『Tonight』。リンゴが女性コーラスやストリングスをバックに歌うお洒落なバラード曲です。シングルカットもされました。オリジナルは1977年にスモール・フェイセスがリリースしたアルバム『プレイメイツ』に収録されていた曲で、イアン・マグレガンとジョン・ピジョンの共作です。イアン・マグレガンはスモール・フェイセスとフェイセズの元メンバー、キーボードプレーヤーでした。

B-3 モンキー・シー・モンキー・ドゥ

オリジナルはマイケル・フランクスで、1975年にリリースしたアルバム『アート・オブ・ティー』に収録されていました。マイケル・フランクスはAOR界を代表するアーティストの1人です。オリジナルはムーディーな雰囲気ですが、リンゴはロック色の濃いアレンジに仕上げています。

B-4 オールド・タイム・リラヴィン

リンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲で、シングル『口紅のあと』のB面曲でもあります。本アルバムはどの曲もお洒落な感じに統一されていますが、本曲もキーボードの音色が印象的な大人向けのお洒落な楽曲に仕上がっています。

B-5 マン・ライク・ミー

原題は『A Man Like Me』。元スリム・チャンスのメンバー、ルアン・オロクレインが作ったカントリータッチのバラード曲です。アルバム最後の曲をストリングスをバックに歌うリンゴはビートルズ『ホワイトアルバム』の『グッド・ナイト』を彷彿とさせます。雄大なイメージのバラードでアルバムが締めくくられます。

リンゴ・スター『バッド・ボーイ』はおすすめアルバムです。現在は入手困難ですが、輸入レコード店などで探せると思います。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

リンゴ・スター『ウィングズ~リンゴIV』4番目のビートルの4枚目の傑作アルバム!

1977年に発売された元ビートルズ、リンゴ・スターのソロアルバム『ウィングズ~リンゴIV』を紹介します。原題は、Ringo StarrRingo The 4th』。

ビートルズというスーパーグループの中でリンゴは常に4番目、最後の男でした。アルバムタイトルはその4番目の男と、自身4枚目のオリジナルアルバムになることを掛けています。実際には6枚目のオリジナルアルバムなのですが、1970年にリリースした2枚のアルバムは「企画モノ」だったため、リンゴは自らの意志で制作したアルバムの数に入れていません。本作は1973年リリースの『リンゴ』から数えて4枚目のオリジナルアルバムです。

前作『リンゴズ・ロートグラビア』では元ビートルズの3人に楽曲を提供してもらったリンゴですが、本作では元ビートルズからの楽曲提供はありません。プロデューサーにアリフ・マーディンを起用し、話題作りよりも内容で勝負したアルバムになっています。実際、私はとてもお気に入りのアルバムで、リンゴの傑作アルバムの1つに挙げています。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 愛におぼれて

原題は『Drowning In The Sea Of Love』。フィラデルフィア系ソウルの作曲家チーム、ギャンブル&ハフ(ケニー・ギャンブルとレオン・ハフ)が作った曲で、オリジナルは1972年のジョー・サイモンです。アルバムトップを飾るに相応しいインパクトのある曲で、リンゴはソウルフルに熱唱しています。アメリカではシングルでも発売されました。

A-2 タンゴ・オール・ナイト

タンゴのリズムに乗せてリンゴが軽やかに歌う、私の大好きな曲です。スティーヴ・ヘイグとトム・シュウファートの共作曲で、アメリカのロックバンド、ラ・セインのレパートリーでした。

A-3 ウィングズ

リンゴとヴィニ・ポンシアが共作したミディアムテンポのカッコいいロック曲です。リンゴがとても気に入っている曲で、シングル発売された他、2012年のアルバム『リンゴ2012』ではセルフカバーで歌い直しています。リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドのステージでも取り上げられていました。

A-4 ゲイブ・イット・オール・アップ

本曲もリンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲です。子供時代の懐かしい風景が浮かんで来るようなメロディーのバラードで、ハーモニカの響きと、ぼくとつとしたリンゴの歌声に感涙します。

A-5 アウト・オン・ザ・ストリーツ

本曲もリンゴとヴィニ・ポンシアの共作で、ディスコ風のサウンドの曲です。女性コーラスとサウンドエフェクトが印象的です。ディスコ音楽が流行していた時代を感じる曲です。

B-1 踊ろよ、一緒に!

原題は『Can She Do It Like She Dances』。スティーヴ・ダボフとゲリー・ロビンソンの共作曲です。ソウルっぽいサウンドの曲をリンゴは味がある歌い方で歌っています。

B-2 スニーキング・サリー

原題は『Sneaking Sally Through The Alley』。女性コーラスが印象的なソウルナンバーで、デイヴィッド・フォスターが演奏に参加しています。ニューオーリンズのR&Bシーンを支えたアラン・トゥーサンが作った楽曲ですが、リンゴはアラン・トゥーサンがお気に入りなのか、アルバム『グッドナイト・ウィーン』でも彼の楽曲『オカペラ』を取り上げていました。

B-3 イッツ・ノー・シークレット

リンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲です。本アルバムに収録されたオリジナルナンバーは全てリンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲で、過去のアルバムから続く、曲作りの名コンビです。優しいメロディー・優しいアレンジの曲で、リンゴの優しさを感じる曲です。

B-4 ジプシーズ・イン・フライト

本曲もリンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲です。リンゴの好きなカントリーっぽい曲調のバラードで、派手な印象の曲が多い本アルバムの中で、一番静かな曲になっています。

B-5 シンプル・ラヴ・ソング

本曲もリンゴとヴィニ・ポンシアの共作曲です。アルバムを締めくくるのに相応しい、明るく気持ちのよいポップスです。デイヴィッド・フォスターがピアノとキーボードを演奏しています。

リンゴ・スター『ウィングズ~リンゴIV』(Ringo The 4th)はおすすめアルバムです。現在は入手困難ですが、輸入レコード店などで探せると思います。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

リンゴ・スター『グッドナイト・ウィーン』ジョン・レノンとエルトンが協力!

1974年に発売されたリンゴ・スターのソロアルバム『グッドナイト・ウィーン』を紹介します。原題は、Ringo StarrGoodnight Vienna』。

同時期にレコーディングされていたジョン・レノンのアルバム『心の壁、愛の橋』に参加していたジョン・レノン、エルトン・ジョン、ハリー・ニルソンらが参加したアルバムです。
アルバムタイトルは故郷リバプールの俗語で「ずらかる」という意味で、正確には「グッドナイト・ヴィエナ」と発音します。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 グッドナイト・ウィーン

ジョン・レノンがリンゴにプレゼントした曲で、イントロのカウントと「オーライ」の掛け声でジョンの声を聴くことができます。前作『リンゴ』でもジョンが提供した『アイム・ザ・グレーテスト』でスタートしており、2作連続でオープニングはジョン・レノンの楽曲となりました。ジョンはピアノを演奏しており、これも前作同様です。気持ちの良いロックンロールで、シングルでも発売されていますが、これは本曲とB面最後のリプライズを繋いで編集したものでした。このシングルバージョンはベストアルバム『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』に収められています。

本曲はジョン自身がヴォーカルを取ったリハーサルテイクが存在しており、1998年に発売されたCD4枚組ボックスセット『ジョン・レノン・アンソロジー』に収録されています。

A-2 オカペラ

ニューオーリンズのR&Bシーンを支えたアラン・トゥーサンが作った楽曲です。リンゴは軽快に、お洒落に歌っています。ドクター・ジョンがエレクトリックピアノで参加しています。

A-3 ウー・ウィー

リンゴとヴィニ・ポンシアが共作したミディアムテンポの曲です。ヴィニ・ポンシアはリンゴと名コンビで、前作『リンゴ』でも『オー・マイ・マイ』『デヴィル・ウーマン』を共作していました。本曲はブラスセクションが印象的な曲です。ドクター・ジョンがピアノを弾いています。

A-4 ハズバンズ・アンド・ワイブス

カントリーシンガー、ソングライターであったロジャー・ミラーが1966年にリリースした楽曲のカバーです。リンゴが好きなカントリーですが、夫婦の間がうまくいかないことについて歌っています。モーリン・コックスとの離婚直前であったリンゴは「夫婦がうまくいかなくなるのは、つまらないプライドのせい」と歌われる本曲をあえて選曲しました。

A-5 スヌーカルー

エルトン・ジョンとバーニー・トーピンの名コンビがリンゴのために作った曲です。エルトン・ジョンらしいメロディーのロックナンバーで、爽やかな曲です。イントロのカウントとピアノはエルトンです。日本とイギリスでシングル発売されました。本曲はベストアルバム『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』にも収録されています。

B-1 オール・バイ・マイセルフ

リンゴとヴィニ・ポンシアが共作したレゲエ調の曲です。楽し気なメロディーにリンゴのヴォーカルがマッチしています。ジョン・レノンがギターで、ドクター・ジョンがピアノで参加しています。

B-2 コール・ミー

リンゴが1人で作った曲です。シンプルなメロディーラインのリンゴらしい曲です。ピアノを弾いているのは、なんとデイヴィッド・フォスターです。

B-3 ノー・ノー・ソング

ホイト・アクストンとデヴィッド・P・ジャクソンが作った、とぼけた感じのカントリータッチの曲です。ニッキー・ホプキンスがエレクトリックピアノで参加しています。明るく楽しい、リンゴの代表曲の1つで、ベストアルバム『想い出を映して』『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』にも収録されています。リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドのステージでもよく取り上げられており、1990年のライヴアルバム『Ringo Starr and His All-Starr Band』にも収録されています。

B-4 オンリー・ユー

1955年にプラターズが大ヒットさせた曲のカバーです。リンゴはオリジナルとは違った、ほのぼのとした作品に仕上げています。ジョン・レノンがアコースティックギターを、ビリー・プレストンがピアノを弾いています。イントロのジョンのギターカッティングは『スタンド・バイ・ミー』のそれと似ています。シングル発売もされ、ベストアルバム『想い出を映して』『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』にも収録されています。

ジョンも同じセッションで本曲を歌っており、1998年に発売されたCD4枚組ボックスセット『ジョン・レノン・アンソロジー』に収録されています。

B-5 イージー・フォー・ミー

ハリー・ニルソンがリンゴにプレゼントしたメロディアスな曲です。ストリングスをバックにリンゴが情感豊かに歌い上げています。ニルソン自身も翌年に本曲をレコード化していました。

B-6 グッドナイト・ウィーン(リプライズ)

オープニング曲のリプライズです。オープニング曲を最後にもう一度聴かせるアルバム構成はビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と同じです。コーラスと拍手でアルバムが締めくくられます。

リンゴ・スター『グッドナイト・ウィーン』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

リンゴ・スター『リンゴズ・ロートグラビア』ビートルズ3人とクラプトンが協力!

1976年に発売された元ビートルズ、リンゴ・スターのソロアルバム『リンゴズ・ロートグラビア』を紹介します。原題は、Ringo StarrRingo’s Rotogravure』。

元ビートルズのジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンの3人が楽曲を提供したアルバムで、リンゴとしては相当に気合いの入ったアルバムでした。更にエリック・クラプトンも楽曲を提供、ギター演奏もしており大変豪華なアルバムです。
残念ながら大ヒットとはなりませんでしたが、ビートルズ3人+エリック・クラプトンが楽曲提供しているところだけでもビートルズファンにはチェックしてもらいたいアルバムです。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ロックは恋の特効薬

原題は『A Dose Of Rock’n Roll』。アルバムはリンゴのシャウトから始まります。当時人気絶頂だったピーター・フランプトンがギターを弾いており、リンゴの意気込みが伝わってきます。カール・グロスマンが作ったスローなロックンロールナンバーで、シングルでも発売されました。作者のカール・グロスマンはリンゴが設立したレーベルのアーティストでした。本曲はリンゴのお気に入りの曲で、ベストアルバム『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』にも収録されています。

A-2 ヘイ・ベイビー

1962年にブルース・チャンネルの歌で全米1位に輝いたソウルナンバーのカバーです。本アルバムからの第2弾シングルでもありました。こちらもベストアルバム『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』に収録されています。

A-3 ピュア・ゴールド

ポール・マッカートニーがリンゴにプレゼントした曲です。ゆったりとした曲で、バックコーラスでポールとリンダが参加しています。

A-4 クライン

リンゴとヴィ二・ポンシアの共作曲で、リンゴが好きなカントリー調の曲です。シングル『ロックは恋の特効薬』のB面曲でもありました。

A-5 ユー・ドント・ノウ・ミー・アット・オール

やさしいメロディーで、聴いていて気持ちの良い、私の大好きな曲です。作者はデイヴ・ジョーダンです。

B-1 クッキン

ジョン・レノンがリンゴにプレゼントした曲です。ノリのよい曲で、ジョンはピアノを弾いています。これは1980年にジョンが復帰するまでの最後となる公式レコーディングでした。本曲をジョン自身が歌う音源が存在しているので、YouTubeや海賊盤を探してみてください。

B-2 アイ・スティル・ラヴ・ユー

ジョージ・ハリスンがリンゴにプレゼントした曲です。ドラマチックなアレンジの曲で、本曲についてジョージはエリック・クラプトンと結ばれた元妻のパティへの気持ちを歌に託したとしています。尚、ジョージは演奏には参加していません。

B-3 これが歌ってものさ

そのエリック・クラプトンがリンゴにプレゼントした曲です。原題は『This Be Called A Song』。明るく爽やかな印象の曲です。クラプトンはギターも弾いており、説得力のあるサウンドになっています。

B-4 ラス・ブリサス

リンゴが恋人のナンシー・アンドリュースと共作した曲です。明るいレゲエナンバーで、リンゴはマラカスをプレイしています。

B-5 レディ・ゲイ

最後の曲はクリフォード・T・ワードのヒット曲『ゲイ』をもとに、リンゴとヴィ二・ポンシアが作った曲です。リンゴらしい明るいヴォーカルでアルバムが締めくくられます。シングル『ヘイ・ベイビー』のB面曲でもありました。

そして、アルバム最後に『スプーキー・ウィアードネス』と題された「おまけ」が収録されています。

『リンゴズ・ロートグラビア』はおすすめアルバムです。現在は入手困難ですが、輸入レコード店などで探せると思います。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!