ジョン・レノン『平和の祈りをこめて』ぶっつけ本番の初ライヴアルバム

1969年12月12日に発売されたジョン・レノン率いるプラスティック・オノ・バンドのライヴアルバム『平和の祈りをこめて』を紹介します。原題は『Live Peace in Toronto 1969』。日本でのリリースは1970年2月5日でした。

1969年9月13日にカナダのトロントで開かれた「ロックンロール・リバイバルショー」に出演したプラスティック・オノ・バンドのライヴアルバムです。プラスティック・オノ・バンドとしての初のステージで、このバンドはジョンとヨーコ以外は常にメンバーが入れ替わりますが、この日は以下の最強の布陣でした。

 ジョン・レノン(ヴォーカル、ギター)
 オノ・ヨーコ(ヴォーカル)
 エリック・クラプトン(ギター)
 クラウス・ブーアマン(ベース)
 アラン・ホワイト(ドラムス)

ジョンがこのコンサートへの出演を決めたのは、なんとコンサート前日でした。当時はまだセミプロだったアラン・ホワイトはジョンからの電話での誘いに半信半疑のまま空港へ向かいましたが、そこにはジョン本人とエリック・クラプトンが待っていたと振り返っています。とにかく出演までの時間が無かったため、リハーサルは飛行機の中で行なわれ、アラン・ホワイトはドラムスのスティックで座席の背もたれを叩いてのリハーサルでした。ジョン自身もステージで「おなじみの曲をやるよ。いっしょに演奏するのは初めてだから」とMCした、ぶっつけ本番のライヴでした。

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それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 ブルー・スウェード・シューズ

1956年にカール・パーキンスが発表した曲で、同年にエルビス・プレスリーも歌っていました。メジャーデビュー前のビートルズでジョンのレパートリーとして演奏されていた曲ですが、ビートルズとしてスタジオレコーディングはされませんでした。ジョンらしい勢いのあるヴォーカルで歌っています。

A-2 マネー

バレット・ストロングが1959年にリリースした楽曲のカバーです。ビートルズ2枚目のオリジナルアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』収録曲で、喉を振り絞り熱唱するドスのきいたジョンのヴォーカルは圧倒的であり、破壊的です。ヨーコはジョンの傍らで白い袋に入るパフォーマンスを行なっていました。

A-3 ディジー・ミス・リジー

ラリー・ウィリアムズが1958年にヒットさせたロックンロールをジョンは気持ちよくカバーしています。迫力のあるジョンのシャウティングは最高です。ビートルズ5枚目のオリジナルアルバム『ヘルプ!』(邦題『4人はアイドル』)に収録されていました。後半にヨーコのノイジーな金切り声が入っています。

A-4 ヤー・ブルース

ビートルズの2枚組アルバム『ザ・ビートルズ』(俗称『ホワイトアルバム』)に収録されていたジョンのオリジナル曲です。ミディアムテンポのヘビーなブルースで、ずっしりと重いギターが鳴り響く、ビートルズ後期に書かれたジョンのヘビーなロックンロールです。1968年12月11日にローリングストーンズが主導して撮影されたスタジオライヴ映像作品『ロックンロールサーカス』にジョンは出演し、そこでも本曲を演奏していますが、そのときのリードギターもエリック・クラプトンでした。

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A-5 冷たい七面鳥(コールド・ターキー)

プラスティック・オノ・バンド2枚目のシングル曲ですが、このライヴの時点では未発表曲でした。ジョンは「うまくできるといいけど」と言って歌い始めます。シングルのアレンジとは違い、ヨーコお得意のノイジーな叫びがフューチャーされています。

A-6 平和を我等に

原題は『Give Peace A Chance』。1969年7月に発売されたプラスティック・オノ・バンドのデビューシングルで、ラヴ&ピースを標榜したジョンの代表曲の1つです。本曲のジョンの歌い方はラップの走りと言われています。盟友ポール・マッカートニーが自身のコンサートで何度も取り上げたことがあるジョンの代名詞的な曲で、リンゴ・スターも最近の自身のコンサートでのラストの曲として毎回取り上げています。

B-1 京子ちゃん心配しないで(ドント・ウォリー・キョーコ)

B面はヨーコのステージになります。『冷たい七面鳥(コールド・ターキー)』のB面曲で、ヨーコと前夫との間の子供である京子に向けてヨーコが叫びます。

B-2 ジョン・ジョン(平和の願いを)

ヨーコがジョンの名を叫んで平和を訴えます。バンドはフィードバックやノイジーな音を出し続けます。最後はアンプにギターを立てかけてハウリングを起こしたままメンバーはステージを去りました。ビートルズファンは度肝を抜かれたアバンギャルドミュージックでした。

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ/ザ・プラスティック・オノ・バンドの『平和の祈りをこめて(ライヴ・ピース・イン・トロント1969)』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

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ジョン・レノン『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』超攻撃的な問題作

1972年に発売されたジョン・レノンとオノ・ヨーコの共作アルバム『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』を紹介します。原題は『Sometime in New York City』。
スタジオ録音の1枚に、ライヴ録音の1枚がおまけで追加された2枚組アルバムでした。スタジオ録音はジョン、ヨーコ、ジム・ケルトナー(ドラムス)と、エレファンツ・メモリーというバンドの面々による演奏でした。

ジョン・レノンのアルバムの中で最も政治的かつ攻撃的な作品です。ニューヨークを拠点として活動を開始したジョンとヨーコは左翼活動家らと親交を深めますが、ジョンの行動はホワイトハウスの目の上のたんこぶとなり、ジョンの米国滞在ビザ延長申請を却下します。怒ったジョンは当時の政治問題、社会問題を本アルバムにぶつけました。新聞風のアルバムジャケットにはニクソン大統領と毛沢東主席が裸踊りをする写真もある過激さでした。

それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面・C面・D面で紹介します。)

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A-1 女は世界の奴隷か!

原題は『Woman is the Nigger of the World』。ジョンとヨーコの共作で、ヴォーカルはジョンです。日本とアメリカでシングル発売されましたが、アメリカではNiggerが差別用語のため放送禁止曲となっています。サウンドは1950年代風のR&Bで、ジョンは「世界で初めて女性運動について唄った歌」と発言しています。ヨーコと出会ったジョンは自分の中にあった男性優位の意識に気付き、女性に対して謝罪の気持ちを持つようになります。そしてそれはショーンが生まれた後の主夫生活に結びつきます。

A-2 シスターズ・オー・シスターズ

ヨーコの作品で、ヴォーカルもヨーコです。前曲に引き続き、女性解放運動の曲です。ブギウギに乗せて、ヨーコの歌声は可愛らしいです。

A-3 アッティカ・ステート

ジョンとヨーコの共作で、パワフルで攻撃的なヴォーカルを二人で取っています。1971年にニューヨーク州アッティカ刑務所で暴動が起きた際の発砲で43人の死亡者が出た事件を歌った曲で、緊迫感のある演奏になっています。

A-4 ボーン・イン・ア・プリズン

ヨーコの作品です。前曲に引き続き、刑務所がテーマになっています。ゆったりとした曲ですが、「私たちは刑務所で生まれ、刑務所で育てられ、学校という名の刑務所へ送り込まれる」という重いメッセージソングです。ヨーコのヴォーカルに、サビでジョンの声が重なります。

A-5 ニューヨーク・シティ

ジョンの作品で、ヴォーカルもジョンです。ストレートなロックンロールで、本アルバムの中で唯一の爽快感のある作品です。ニューヨークの躍動感とその刺激を受けたジョンの高揚が伝わってくる曲です。

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B-1 血まみれの日曜日

原題は『Sunday Bloody Sunday』。ジョンとヨーコの共作で、1972年1月30日に北アイルランドで市民権行進に参加した非武装市民を英国軍が射殺した「血の日曜日」と呼ばれる事件について歌っています。この事件に怒ったジョンは、北アイルランド紛争問題を全世界に告発するために本曲を書きました。半端ない緊張感が漂う曲でメインヴォーカルはジョンですが、サビはヨーコが歌っています。

B-2 ザ・ラック・オブ・ジ・アイリッシュ

ジョンとヨーコの共作で、この曲もメインヴォーカルはジョン、サビがヨーコの構成です。フォークソング風のやさしいメロディーの曲ですが、歌詞のほうは前曲に引き続きイギリス政府の北アイルランド政策に対する激しい批判となっています。

B-3 ジョン・シンクレア

ジョンの作品で、ジョンがギターの弾き語りで歌う曲です。ジョン・シンクレアとはベトナム戦争の反戦活動家で、マリファナ所持により通常よりも重い懲役10年の実刑を受けた実在の人物です。ジョンはこの曲を1971年12月10日にミシガン州で行なわれたジョン・シンクレア支援コンサートで披露し、その数日後にシンクレアは釈放されています。

B-4 アンジェラ

ジョンとヨーコが共作した美しいメロディーの曲で、二人でヴォーカルを取っています。前曲に引き続き、無実の政治犯を解放せよと呼びかける内容で、黒人の女性活動家アンジェラ・デイビスに対する不当な弾圧を告白した歌です。

B-5 ウィ・アー・オール・ウォーター

アルバム1枚目の最後は2つのものを並べて大した違いはないと歌うヨーコの作品です。その最初が「毛沢東とニクソンは大した違いはない。二人を裸にしてみれば」でジャケット写真につながります。

C-1 冷たい七面鳥(コールド・ターキー)
C-2 京子ちゃん心配しないで(ドント・ウォリー・キョーコ)

おまけの2枚目はライヴアルバムで、C面は1969年12月15日にロンドンで行なわれたユニセフのチャリティーコンサートから2曲です。1曲目はプラスティック・オノ・バンド名義で1969年10月にシングルリリースされたジョンの2枚目のソロシングル『コールド・ターキー』、2曲目はそのB面曲であるヨーコの『ドント・ウォリー・キョーコ』でした。参加メンバーが豪華で、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、クラウス・ブーアマンら多数の有名ミュージシャンが参加しています。

D-1 ウェル(ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー)
D-2 ジャムラグ
D-3 スカンバッグ
D-4 オー

D面は1971年6月5日~6日にニューヨークのフィルモア・イーストで行なわれたフランク・ザッパ&マザース・オブ・インヴェンションとのライヴセッションです。ヨーコの金切り声が鳴り響くアバンギャルドミュージックです。

ジョン・レノン&オノ・ヨーコの『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

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ジョン・レノン『イマジン』自宅スタジオで制作したイギリス最後のアルバム

1971年に発売されたジョン・レノンのアルバム『イマジン』を紹介します。原題は、John LennonImagine』。

ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻はイギリスのアスコットに大邸宅を購入し、その自宅にレコーディング・スタジオを作ります。ジョンは「このスタジオこそ、僕の今までの人生の中で、ずっとずっと一番欲しかったものなんだ」と話しました。ジョンはこの自宅スタジオを「アスコット・サウンド・スタジオ」と呼びました。
本アルバムはこの自宅スタジオにジョージ・ハリスンやクラウス・ブーアマンなどの気心の知れたミュージシャンを集め、9日間という短期間で制作したアルバムです。このレコーディング時のスタジオ風景は1988年公開の映画『イマジン』で見ることができます。

ところがジョンは、せっかく作ったレコーディング・スタジオも大邸宅も捨て、1971年9月3日、ヨーコとアメリカに渡ります。以降、ジョンはイギリスに戻ることはありませんでした。本アルバムはジョンがイギリスでレコーディングした最後のアルバムです。

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それではアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 イマジン

アルバムタイトル曲であり、言わずと知れたジョン・レノンの代表曲です。世界各国でチャート1位を獲得した大ヒット曲で、非常に美しいメロディーの曲です。ジョンは曲が出来上がったとき「やっと(ポールの)イエスタデイみたいないい曲ができた」と喜んだそうです。「天国や国や財産なんて無いと思ってごらん」とシンプルな言葉ながら説得力のあるジョンのメッセージは全世界に大きな影響を与えました。ライヴアルバム『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』にも収録されています。

「Imagine(想像しなさい)」と呼びかけで始まる歌詞について、ジョンはヨーコの詩集『グレープフルーツ』から拝借したと語っていました。発表当時は作詞者にヨーコの名はありませんでしたが、2017年6月に本作はヨーコとの共作と認定されています。

A-2 クリップルド・インサイド

懐かしさを感じる軽快なテンポの曲です。ジョージ・ハリスンのドブロ・ギターがいい味を出しています。歌詞は人間のエゴを皮肉ったもので、当時不仲だったポール・マッカートニーへの批判とする解釈もあります。

A-3 ジェラス・ガイ

ジョン・レノンが作った名曲中の名曲です。本当に美しいメロディーで、ジョンのバラード曲特有の頼りなさ、ぎこちなさ、せつなさが最高です。哀愁漂うジョンの口笛も曲想にマッチしています。自分の嫉妬深さ、カッコ悪さを包み隠さず歌ってるジョンは本当に素敵です。

本曲はビートルズ時代に『チャイルド・オブ・ネイチャー』というタイトルでレコーディングされていました。ホワイトアルバムやゲットバックセッションで演奏されましたが、最終的にビートルズとしてのレコード化はされませんでした。ジョンは歌詞とタイトルを変えて本アルバムに収録しました。

A-4 イッツ・ソー・ハード

とにかくしんどいこっちゃという歌です(笑)。サックスの音色が印象的な、ワイルドなブギーナンバーです。ライヴアルバム『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』にも収録されています。

A-5 兵隊にはなりたくない

原題は『I Don’t Want to Be A Soldier』。直接的に反戦を歌ったヘビーな曲で、前曲同様にサックスの音色が印象的な、迫力のある曲です。単純な構造の曲ですが、強い力で曲の中に引き込まれてしまいます。このジョン特有の強引さはビートルズのアルバム『アビイロード』で同じくA面最後の曲であった『アイ・ウォント・ユー』を想起させます。

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B-1 真実が欲しい

原題は『Give Me Some Truth』。ジョージ・ハリスンのギターがとても気持ち良く鳴り響く、私の大好きな曲です。切羽詰まったようなスピード感のある曲で、聴いていて本当に気持ちが良くなる曲です。ジョンは本曲に関連して「いつしか僕の周りには流暢な嘘ばかりつく人間が増えていた。僕がビートルズのジョンだからかい?」と発言しています。
タイトルは最近は『Gimme Some Truth』と略語で表記されることが多くなりました。

B-2 オー・マイ・ラヴ

前作『ジョンの魂』の『ラヴ(愛)』の続編ともいうべき、透明感のある美しいバラード曲です。歌詞はヨーコが手伝っており、ジョンとヨーコの共作曲としてクレジットされています。「あなたと初めて出会ったときから僕の目は見えるようになった。世界中のすべてのものが生まれ変わったように見える」という歌詞はヨーコと出会ったジョンの本心でしょう。

B-3 ハウ・ドゥ・ユー・スリープ(眠れるかい?)

当時不仲だったポール・マッカートニーを痛烈に批判した曲で、演奏にはジョージ・ハリスンも参加しています。イントロはサージェントペパーズ風のサウンドエフェクトで「『サージェントペパーズ』はお前にとって驚きだったろうよ」と始まります。「お前の傑作なんざ『イエスタデイ』だけだ。それも消えちまった今となっては『アナザー・デイ』ってわけよ」と止まりません。タイトルの『ハウ・ドゥ・ユー・スリープ(眠れるかい?)』はビートルズ内で使われていたポールをネタにしたジョークで、ポールの目が大き過ぎるので夜ベッドに入っても目がつぶれないというものです。イギリスのテレビ番組に出演した際、ポールは番組MCから「寝るときも目を閉じないって本当なの?」と質問されています(笑)。
ジョンはポールのアルバム『ラム』のジャケット写真を真似した、羊をブタに変えたパロディーのポストカードをアルバムに同封する徹底した攻撃ぶりでした。

B-4 ハウ?

私が大好きな、ゆったりとしたバラードです。控えめに歌い上げるジョンのレコーディングの姿を映画『イマジン』で見ることができます。共同プロデューサーであるフィル・スペクターのセンスを感じる曲です。

B-5 オー・ヨーコ

タイトルが示すとおり、愛するヨーコに捧げたラヴソングです。妻への愛を名前を挙げてここまでストレートに歌ったのはジョンが最初でしょう。それは照れくさいところもあったでしょうが、男として本当にカッコイイことだと思います。軽快な曲で、ビートルズ以来のジョンのハーモニカでアルバムが締めくくられます。

ジョン・レノン『イマジン』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

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ジョン・レノン『ジョンの魂』すべてをさらけ出した私小説アルバム

1970年12月11日に発売されたジョン・レノンのアルバム『ジョンの魂』を紹介します。ビートルズ解散直後のアルバムで、原題は『John Lennon/Plastic Ono Band』です。
オノ・ヨーコ名義の『Yoko Ono/Plastic Ono Band』というアルバムもあり、ジャケットは『ジョンの魂』とほぼ同じです。裏ジャケットはそれぞれの幼少期の写真になっています。

スーパースターであるジョンが持つ苦悩や感情をさらけだした作品で、私小説のようです。このような作品が発表されること自体がロック史上初で、音楽評論家から高い評価を得ている作品です。
サウンドは非常にシンプルで、ジョンとヨーコ以外にアルバムを通して参加したのは、リンゴ・スター(ドラムス)とクラウス・ブーアマン(ベース)だけです。

ジョン自身も「渋いアルバム」と振り返っているアルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 マザー(母)

不気味な鐘の音の後、「母さん、僕はあなたが欲しかったのに、あなたは僕を欲しがらなかった」というジョンの衝撃の告白でアルバムは始まります。幼少期の心の記憶をよみがえらせたジョンの悲痛な叫びで、最後は「母さん行かないで、父さん戻ってきて」と繰り返されます。あまりに狂気じみているとの理由でアメリカでは放送禁止になっています。ライヴアルバム『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』にも収録されています。

A-2 しっかりジョン

原題は『Hold on』。「しっかりジョン」「しっかりヨーコ」と歌われる、とても温かみを感じるメロディーの曲です。続けて「しっかりしろ世界」と歌われ、二人のテーマである「愛と平和」に発展しています。

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A-3 悟り

原題は『I Found Out』。ラフでヘビーなドスの効いたサウンドの曲です。「空からキリストがやってくることなんてありゃしない」「ハレ・クリシュナなんか役に立つもんか」「僕は麻薬患者たちを見てきたし喫ってもきた。キリストからポールにいたる宗教も見てきた」と言いたい放題で、ポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンを攻撃しています。

A-4 労働階級の英雄

原題は『Working Class Hero』。ジョンのアコースティックギターでの弾き語り作品です。「宗教とセックスとテレビに酔わされて誰もが平等と信じ込まされていた」と歌われる、ジョンの社会風刺と反骨精神が表現されたメッセージソングです。

A-5 孤独

原題は『Isolation』。周囲から奇人変人扱いされていたレノン夫妻。その孤独感と怖さを隠すことなく歌っています。静かなピアノの旋律に乗せて歌い出し、サビでは大熱唱となります。

B-1 思い出すんだ

原題は『Remember』。本アルバムで私が一番好きな曲です。平坦なメロディーのピアノの旋律に乗せて、ジョンは過去との決別を歌い上げています。そして最後に爆発します。

B-2 ラヴ(愛)

前曲の爆発音に続けて、ゆっくりと美しいピアノのメロディーがフェードインしてきます。ジョンのバラードの名曲で、ピアノ演奏はフィル・スペクターです。とてもシンプルな歌詞をジョンは穏やかに歌っています。

B-3 ウェル・ウェル・ウェル

激しいロックンロールの演奏に乗せて、3つの異なるテーマの歌詞が歌われ、最後はジョンの荒々しい絶叫となります。ライヴアルバム『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』にも収録されています。

B-4 ぼくを見て

原題は『Look at Me』。アコースティックギターの弾き語りによる、素朴で優しく美しい作品です。ビートルズ時代の『ホワイトアルバム』の頃に作っていた作品で、『ジュリア』に似た曲調です。

B-5 ゴッド(神)

「神なんて我々の苦悩の度合いを測る観念でしかない」という歌い出しで始まる、本アルバムのハイライト曲です。ピアノの演奏はビリー・プレストンで穏やかな演奏ですが、「僕は信じない、魔術を、聖書を、イエスを、ケネディを、釈迦を、エルヴィスを、ボブ・ディランを、ビートルズを」と続いた歌詞は大反響となりました。そして最後に「信じられるのはヨーコと自分だけ」「夢は終わった」「僕はウォルラスだったけど、今はジョンなんだ」とビートルズへの別れを宣言します。ジョン・レノンを語るうえで外せない1曲です。

B-6 母の死

原題は『My Mummy’s Dead』。わずか50秒の小作品ですが、歌われている内容は悲痛なものです。ジョンは18歳の時に母親を交通事故で亡くしており、そのショックは相当なもので、ポールですら、その一件には触れることができなかったと言われています。意図的に音質の低いカセットテープレコーダーで録音されており、それが悲痛さの表現を増しています。

ジョン・レノン『ジョンの魂』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

ジョージ・ハリスン『オール・シングス・マスト・パス』歴史的な3枚組大作

1970年11月27日に発売された元ビートルズ、ジョージ・ハリスンのソロアルバム『オール・シングス・マスト・パス』を紹介します。原題は、George HarrisonAll Things Must Pass』。

2001年に発売されたリマスターCD『オール・シングス・マスト・パス~ニュー・センチュリー・エディション~』のジャケットは彩色されたものですが、オリジナルジャケットはモノクロでした。

ビートルズ解散直後に発売された3枚組のLPレコードです(CDでは2枚組)。ジョージはビートルズ時代から書き溜めていた自身の作品を本アルバムで一気に吐き出しました。そして、イギリスとアメリカでチャート1位となり、ジョージは「ビートルズ解散で一番得をした」とまで評されます。ジョージの代表作であり、ロック史上に残る大作です。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面・C面・D面・E面・F面で紹介します。)

A-1 アイド・ハヴ・ユー・エニータイム

アルバムはジョージとボブ・ディランの共作曲からスタートします。1968年10月にジョージがディランの自宅を訪問した際に作られたフォーク調の曲です。イントロとリードギターはエリック・クラプトンが弾いています。

A-2 マイ・スウィート・ロード

イギリスで6週、アメリカで4週、チャート1位を獲得した大ヒット曲です。ビートルズのメンバーがソロシングルで1位を最初に獲得した曲です。宗教的な歌で、コーラス部分に出てくる「ハレ・クリシュナ」はヒンズー教の最高神です。

1991年12月にジョージはエリック・クラプトンといっしょに日本ツアーを行ない、本曲を演奏しました。その模様はライヴアルバム『ライヴ・イン・ジャパン』に収録されています。また、1971年のライヴアルバム『バングラデシュ・コンサート』にも収録されています。

A-3 ワー・ワー

本曲もライヴアルバム『バングラデシュ・コンサート』に収録されています。
映画『レット・イット・ビー』の『アイヴ・ガッタ・フィーリング』の練習シーン、ポール・マッカートニーがジョージにギターの弾き方を指図する場面では、二人の間の険悪な雰囲気が画面から伝わってきますが、この後、ジョージは怒って家に帰って本曲を作っています。「僕が泣いているのを君は知らない。僕のため息も君には聞こえない」とポールに向けて歌った曲です。
ロック調のライヴ向けの曲で、ジョージの一周忌である2002年11月29日に行なわれた追悼コンサートでも演奏された1曲です。

A-4 イズント・イット・ア・ピティー(ヴァージョン1)

ジョージが妻のパティに対して作った名曲です。同じメロディーが繰り返されますが、共同プロデューサーのフィル・スペクターが何度も楽器を重ね、完璧な仕上がりになっています。
ジョージがエリック・クラプトンといっしょに回った日本ツアーでは、アンコール前のラスト曲として演奏されました。
そして、ジョージの一周忌である2002年11月29日に行なわれた追悼コンサートでは、エリック・クラプトンが1フレーズだけ歌い、その後をビリー・プレストンが引き継いで歌いました。

B-1 美しき人生

原題は『What is Life』。ギターのメロディーにインパクトがある明るい曲で、本アルバムからのセカンドシングルでもあります。

本曲はオリビア・ニュートン・ジョンによるカバーもヒットしています。
1991年12月の日本ツアーで演奏された1曲です。

B-2 イフ・ノット・フォー・ユー

ボブ・ディランがアルバム『新しい夜明け』A面1曲目で発表した名曲のカバーです。ジョージは軽快なサウンドにアレンジしており、エリック・クラプトンがドブロギターを弾いています。

B-3 ビハインド・ザット・ロックト・ドア

ジョージらしい、やさしいメロディーの曲です。カントリータッチの曲調で、ボブ・ディランに捧げたメッセージソングです。

B-4 レット・イット・ダウン

インパクトがあるイントロで始まるロックンロールです。ビートルズの『レット・イット・ビー』のセッションでレコーディングされていましたが、ビートルズ名義ではリリースされませんでした。本アルバムでフィル・スペクターによる音のマジックでよみがえりました。

B-5 ラン・オブ・ザ・ミル

ミディアムテンポでジョージらしい美しいメロディーの私が大好きな曲です。ジョン、ジョージ、リンゴの3人対ポール1人という構図となったビートルズ崩壊と、ポールに向けたメッセージがテーマになっている曲です。

C-1 ビウェア・オブ・ダークネス

LPレコードでは、ここから2枚目になります。本曲は名曲揃いの本アルバムの中でも人気の高い、カッコイイ曲です。
ジョージの一周忌である2002年11月29日に行なわれた追悼コンサートでは、本曲をエリック・クラプトンが魂のこもった歌声で聴かせてくれました。
また、本曲はレオン・ラッセルがカバーしており、『バングラデシュ・コンサート』でも途中から歌っています。

C-2 アップル・スクラッフス

アップル・スクラッフスとは、ビートルズのメンバーに会うためにアップルレコードのオフィス前に年中集まっていた女性ファンのことです。周囲から快く思われていなかった彼女達ですが、ジョージはそんな彼女達に向けて愛情を込めて本曲を作りました。ハーモニカの音色が印象的な、活気のある曲です。

C-3 サー・フランキー・クリスプのバラード

原題は『Ballad of Sir Frankie Crisp (Let It Roll)』。サー・フランキー・クリスプはジョージの大邸宅のかつての所有者で、そのお城のような石造りの家をデザインした建築家です。この曲も美しいメロディーで、フィル・スペクターは歌詞を変えれば大ヒットするとアドバイスしましたが、ジョージは全く気に留めませんでした。

C-4 アウェイティング・オン・ユー・オール

軽快なテンポの歯切れの良いロックロールですが、対照的に宗教色が強い歌詞になっています。
ライヴアルバム『バングラデシュ・コンサート』にも収録されています。

C-5 オール・シングス・マスト・パス

アルバムタイトルナンバーの、ジョージの名曲中の名曲です。ビートルズ時代に書かれた曲で、『レット・イット・ビー』のセッションで演奏されていました。ジョージは自身の26歳の誕生日である1969年2月25日に本曲のデモ版を完成させ、それは1996年発売の『ビートルズ・アンソロジー3』に収録されています。
ジョージのビートルズ解散に対する考えを示した作品とされており、「すべては過ぎ去っていく」と歌っています。
ジョージの一周忌である2002年11月29日に行なわれた追悼コンサートで本曲を歌ったのはポール・マッカートニーでした。ビートルズ解散前後の関係は最悪だったジョージとポールですが、70年代の中頃には仲直りしています。最近のポールのコンサートではジョージの名曲『サムシング』が必ず歌われ、二人の仲の良いツーショット写真がバックにたくさん映されます。

D-1 アイ・ディッグ・ラヴ

ピアノの短いフレーズの繰り返しで始まる、変わった印象を受けるファンキーな曲です。ピアノに続くリンゴ・スターのドラミングがとてもカッコイイです。

D-2 アート・オブ・ダイイング

ジョージがビートルズ時代の1966年に書いた曲で、長くあたためられていた曲です。強烈なロックナンバーで、エリック・クラプトンがギターを弾いています。

D-3 イズント・イット・ア・ピティー(ヴァージョン2)

レコード1枚目のA面最後の曲のリプライズです。アレンジを何度も変更した本曲ですが、ジョージは2つのヴァージョンのどちらもファンに聴いて欲しかったのでしょう。本曲でもエリック・クラプトンがギターを弾いています。

D-4 ヒア・ミー・ロード

重厚なアレンジの、神に向けて歌われた曲です。ビートルズ時代に書かれていた曲で、『レット・イット・ビー』のセッションで演奏されていました。

E-1 アウト・オブ・ザ・ブルー

レコード3枚目は「アップルジャム」と呼ばれるジャムセッションで、おまけの1枚です。
本曲はエリック・クラプトンが結成したデレク&ザ・ドミノスが参加したセッションになっています。

E-2 ジョニーの誕生日

原題は『It’s Johnny’s Birthday (Based upon “Congratulations” by Martin & Coulter)』。クリフ・リチャードのヒット曲『Congratulations』の替え歌で、ジョージは30歳の誕生日を迎えたジョン・レノンに贈りました。

E-3 プラグ・ミー・イン

ジョージ、エリック・クラプトン、デイヴ・メイソンがギターバトルを繰り広げています。

F-1 アイ・リメンバー・ジープ

エリック・クラプトンを中心に、ビリー・プレストン(ピアノ)や旧友クラウス・ブーアマン(ベース)が参加したセッションです。ジョージはモーグ・シンセサイザーを担当しています。

F-2 サンクス・フォー・ザ・ペッパロニ

『プラグ・ミー・イン』同様、ジョージ、エリック・クラプトン、デイヴ・メイソンのギターを堪能できます。

ジョージ・ハリスン『オール・シングス・マスト・パス』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!

リンゴ・スター『リンゴ』ソロアルバムでビートルズ4人が共演!

1973年に発売されたリンゴ・スターのソロアルバム『リンゴ』を紹介します。原題は、Ringo StarrRingo』。

ジャケットはビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を連想させます。ビートルズ解散後に初めて、元メンバー4人全員が参加したアルバムであり、発売当時は大変な話題になった作品です。リンゴにとってソロアルバム3作目となりますが、前2作がいわゆる「企画モノ」であったので、実質的なファーストソロアルバムとなります。

1970年のポール・マッカートニーのビートルズ脱退発表後、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの3人とポールとの間には深い溝が出来ました。ポールを除く3人はビートルズ解散後も頻繁に交流しています。
・1970年 ジョンのアルバム『ジョンの魂』にリンゴが参加
・1971年 リンゴのシングル『明日への願い』をジョージがプロデュース、演奏にも参加
・1971年 ジョンのアルバム『イマジン』にジョージが参加
・1971年 ジョージ主催の『バングラデシュ・コンサート』にリンゴが参加

ポールが蚊帳の外になっている状況を良しとしなかったリンゴは1972年末頃、ジョン、ポール、ジョージにそれぞれ電話して、本アルバムへの楽曲の提供を依頼しました。ポールが他の3人とわだかまりがあった最大の要因はマネージャーのアラン・クラインですが、この時期、3人はアラン・クラインと手を切っており、ポールはリンゴの申し出を快く引き受けています。

それでは、アルバムを紹介していきましょう。(オリジナルがレコード盤なので、A面・B面で紹介します。)

A-1 アイム・ザ・グレーテスト

ジョン・レノンがリンゴのために書いた作品です。
ビートルズ4人のうち、ジョン、ジョージ、リンゴの3人が共演している夢のような演奏で、ビートルズとの関係が深い以下の最強布陣での演奏でした。

 ドラムス:リンゴ・スター
 ピアノ: ジョン・レノン
 ギター: ジョージ・ハリスン
 ベース: クラウス・ブーアマン
 オルガン:ビリー・プレストン

ビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でリンゴが演じた架空の歌手の名前“Billy Shears”が本曲の歌詞に出てきて、ジャケットとともに2つのアルバムが結びつけられます。
本曲にはジョン自身がヴォーカルを取ったリハーサルテイクが複数存在しており、その一部は1998年に発売されたCD4枚組ボックス・セット『ジョン・レノン・アンソロジー』に収録されています。
また、本曲はリンゴのベストアルバム『想い出を映して』『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』にも収録されています。

A-2 ハヴ・ユー・シーン・マイ・ベイビー(ホールド・オン)

米国のシンガーソングライター、ランディ・ニューマンの作品を、リンゴはテンポよく歌っています。
ギターはT・レックスのマーク・ボランで、彼は1977年に29歳の若さでこの世を去っています。リンゴは1972年に彼を主役にした映画『ボーン・トゥ・ブギー』のプロデュース及び監督を務めていました。

A-3 想い出のフォトグラフ

リンゴ・スターとジョージ・ハリスンの共作で、原題はシンプルに『Photograph』です。米国ではアルバムに先行してシングル発売され、見事にリンゴのソロとして初の全米No.1に輝いています。
ほのぼのとした味わいのリンゴらしい作品で、ジョージは12弦ギターとバッキング・ヴォーカルに加え、アレンジも担当しています。
リンゴは二人の思い出が詰まったこの曲を、ジョージの一周忌である2002年11月29日に行なわれた追悼コンサートで歌いました。

本曲はベストアルバム『想い出を映して』『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』にも収録されています。
2016年の来日ツアー『Ringo Starr & His All-Starr Band JAPAN TOUR 2016』でも歌われた曲です。

A-4 サンシャイン・ライフ・フォー・ミー

ジョージ・ハリスンがリンゴのために書いた作品で、ギターも弾いています。
ジョージは当初、アイルランド民族風の作品を意図していましたが、カントリータッチの仕上がりになっています。
演奏にはザ・バンドのメンバー4人が参加しています。

A-5 ユア・シックスティーン

本アルバムからセカンドシングルとしてカットされ、こちらも見事に全米No.1の大ヒットになっています。
リンゴの軽快な歌声が気持ち良く、ハリー・ニルソンの多重録音によるバックコーラスと、ポール・マッカートニーによるマウスサックスが印象的です。
ベストアルバム『想い出を映して』『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』にも収録されています。

オリジナルは『メリーポピンズ』や『チキチキバンバン』等のミュージカル作曲家として有名なシャーマン兄弟が作り、1960年にジョニー・バーネットが歌ってヒットさせた曲です。
リンゴは2016年の来日ツアー『Ringo Starr & His All-Starr Band JAPAN TOUR 2016』で本曲をノリノリで歌っていました。

B-1 オー・マイ・マイ

ヴィニ・ポンシアとリンゴ・スターの共作です。
リズミカルな曲で、聴きどころはビリー・プレストンの軽やかなピアノと、メリー・クレイトンとマーサ・リーヴスの楽し気なバッキング・ヴォーカルです。
イギリスではシングルカットされませんでしたが、アメリカと日本では本アルバムからの3枚目のシングルとなっています。
こちらもベストアルバム『想い出を映して』『フォトグラフ:ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・リンゴ・スター』に収録されています。

B-2 ステップ・ライトリー

リンゴ・スターのオリジナル作品です。
間奏で聴こえてくるタップはリンゴ自身が踏んでいます。
シングル『オー・マイ・マイ』のB面曲でもありました。

B-3 シックス・オクロック

リンゴからレコーディング参加の要請を受けたポール・マッカートニーが妻のリンダ・マッカートニーといっしょに書き下ろした作品です。
これで元ビートルズのメンバー全員がリンゴに曲をプレゼントとなりました。リンゴの人柄がなせる業ですね。
セッションはアビイロード・スタジオで行なわれ、レコーディングは和やかな雰囲気で進行し、ポールはピアノ、シンセサイザー、バックコーラスに意欲的に参加しました。

B-4 デヴィル・ウーマン

リンゴ・スターとヴィニ・ポンシアが共作したロックンロールです。
プロデューサーのリチャード・ペリーと、ベーシストのクラウス・ブーアマンがバッキング・ヴォーカルを担当しています。
シングル『ユア・シックスティーン』のB面曲でもありました。

B-5 ユー・アンド・ミー

ジョージ・ハリスンとマル・エヴァンスが共作したバラードで、ジョージはギターも弾いています。
マル・エヴァンスは元ビートルズのロード・マネージャーで、ビートルズ解散後も側近の一人でした。
音楽に乗せてエンディングでリンゴが制作スタッフの紹介をしますが、元ビートルズのメンバーについては、ジョージ・ハリスン、ジョン・レノン、ポール・マッカートニーの順で紹介しています。

『リンゴ』はおすすめアルバムです。聴いたことが無い方は、ぜひ聴いてみてください!